夜の最奥
R-15っぽいシーンが入るため、ほんのりと背後注意。
金。名誉。他者を虐げる愉悦。そんな悪しき快楽によって荒らされた森の空気が、リュシエールの心を焼いた。
(世界を穢す者を、赦してはならない)
己の裡から激怒がわき上がる。
(死を与え、地獄に落とし、断罪しなければならない)
『魂の審判者』である地天使としての性が、冷徹に判決を下す。
しかし、
(それは違う)
感情が拒絶した。
(違うんだ。完全な悪など存在しない。どんなに罪を犯そうとも、大切に思い、思われる者がいる。彼らにだって愛はある。あるはずなんだ)
――いっそ、一時の激情に身を任せてしまえれば楽だったのだろう。あるいは、感情と理性を切り離して役目に対し忠実になれれば楽だったのだろう。しかしリュシエールにはどちらも無理だった。
(断罪したくない。希望のかけらをこの手で消すなど……そんな非情なこと……っ)
人を、愛しすぎてしまった。情を覚えすぎてしまった。天使の領分を越えるほどに。
(すまない)
家族を失い、声を上げて泣きじゃくる幼子に謝罪する。
(すまない)
救うことを使命とし、しかし成せずに己を責めている高潔な悪友に謝罪する。
(すまない)
作戦における初の死者にうなだれた仲間に謝罪する。
(私には、何もできない)
できるのは、天使の性が暴走しないよう押し殺すことだけだ。そして絶望を少しでも引き受けて浄化し、希望を護ることだけ。
(すまない)
心の器がひび割れる音を聞きながら、希う。
(弱い私を、どうか赦して……)
そうしてリュシエールは、眼を閉ざした。
真の暗闇。
その中で、最初に気づいたのは光だった。
一粒の小さな光だ。闇に溶けて消えてしまいそうなほど儚い。それでも、光は確かに天で輝いていた。
(――……星だ)
いつも見えるわけではない。望んで見えるものでもない。誰かの気まぐれのように現れるその星は、運命の指針星。神と、天体の運行を司る天使だけが認識できる、現実には存在しない星だった。
ひらひらと瞬く星は、いくつもの色を放って声ではない声で囁いている。感情と感覚に語りかけてくるかの星の言葉はいつも抽象的だ。それでもわかる。感じる。
(希望の色……安らぎと、闘いの色……。強い、信念の色。結束の色)
肩から力が抜けていく。安堵と喜びが、胸の内に湧いてくる。誇らしさで頬がほころぶ。
(あぁ、大丈夫なんだな)
そんなリュシエールを、光が進めと促してくる。
促されて初めて、己の魂の在処を見つめる意思を思い出した。
そうだ。自分のいるべき場所はここではない。悩み、苦しみ、選び取った場所は、ここではない。
思うとともに、魂に、心に、肉体に、すべてに、重力を感じ取る。
そして――――
「お帰りなさい」
胸の奥をくすぐる低い声に誘われ、リュシエールは目を開けた。
月明かりが差し込む、見慣れた自宅の寝室。その天井と壁紙を背にした、青い黒髪と氷色の双眸があった。
選び取らずにはいられなかった唯一無二。禁断の果実。体の奥底まで満たしてくれるその甘さに、幸せという言葉が宿る。
リュシエールは、ほぅ、と微笑み、重い腕を伸ばした。
「グレイ」
男の頬に触れた指先は、すぐに彼の手に捕らえられる。
「良かった。あなたが戻ってきてくれて」
リュシエールを見つめながら、囁き、恭しく甲に口づけを贈るグレイ。眼差しも、唇も、熱い。焦がさんばかりの熱情を一心に注いでくれる愛しい人の笑みはしかし、今は少し、切なげだ。
(またこんな顔をさせてしまうなんて……駄目だな、私は)
罪悪感に苦く笑ってリュシエールは、もう片方の手でグレイを引き寄せ、裸の胸に抱きしめた。
「どこにも行ったりしないよ。私の帰る場所は、ここだけだ」
無言のまま頷き、抱きしめ返してくる年下の恋人は、震えている。怯えている。自分はそれほど危険なところまで行っていたのか。
愛でしか癒えない、天使の心。愛がなければ枯れて砕ける、天使の心。同胞たちよりも遙かに脆いリュシエールの心は、グレイがいなければあのまま壊れ、何も感じない抜け殻になっていただろう。リュシエールが目を覚ますまで、何時間も、ひたすらに愛を注ぎながら不安と戦っただろうグレイの心痛はどれほどのものか。重ねた肌から伝わる強烈な安堵の感情が、それをはっきりと語っている。
「グレイ。……グレイ。私は、ここにいるよ。グレイ、愛してる」
何度も名を呼んで、何度も髪を撫でて、恋人の心から痛みを少しずつ己の身へと引き受ける。
(普通の天使だったら良かった。そうしたら、こんなに脆い心を抱えて生きずに済んだのに。グレイを怖がらせずに済むのに)
悲哀が、心を薄く傷つける。
(どうして私は、こんなに脆いんだろう)
心が静かに、血を流す。
(みんなと同じ毅さが欲しかった)
本来、天使は死に特別な感情は持たない。死は魂の終焉ではないからだ。肉体が死んだ魂は輪廻の輪に戻り、再び新しい命となって地上へと戻る。だからまた新たな命へと転生できるよう、導けばいいだけのことなのだ。
しかし、自分は駄目だ。どうしても感情が動いてしまう。どうしても救いたくなってしまう。あきらめられない。手を差し伸べずにはいられない。そしていつも、何もできずに終わる自分に絶望する。一万年以上もの間、ずっとその繰り返しだった。
(でも……)
心が流す血はゆっくりと止まる。死ぬまで、否、死ぬときはともにと誓った伴侶が捧げてくれる、無限にして膨大な愛が傷をふさぎ、癒やしてくれる。
(脆いから、『同じ人』に出逢えた。脆いからグレイに出逢えて、グレイを愛して、愛された)
愛を糧に、二人分の悲哀と不安を浄化する。浄化した感情は涙に代わり、こぼれて落ちて地に還る。そして心には喜びだけが残り、満ちていく。
(私は、幸せ者だ)
リュシエールは愛しい黒髪に頬を寄せた。最後の涙一粒を互いの肌と髪に吸わせて、昇華する。
「お前が愛してくれる限り、私は壊れたりしないよ。……私を壊していいのは、お前だけ」
肩に、触れるだけの口づけを。
「だから、もう泣くな」
「泣いてません」
涙を流してはいなくとも、心は泣いていたくせに。
男の強がりが、どうしようもなくいとおしい。リュシエールはもう一度、今度は音を立ててキスをして、抱擁の手を解いた。
「ところで、グレイ。私が眠っている間に本部と連絡を取ったんだろう? 何か報告は入っていたか?」
途端、グレイの体が離れた。持ち上がった体はくるりとリュシエールの横に転がり、背中を向けて止まる。
「知りません」
わかりやすすぎる行動に、リュシエールは思わず笑っていた。
「こーら、拗ねるな」
「拗ねてませんっ」
「めいっぱい拗ねてるじゃないか」
だるい体を引きずって覗き込めば、端正な顔が唇を尖らせていた。その先っぽを指でつついてやる。
「グーレーイ? 組織に属する身なんだから、義務は果たさないとならないだろう?」
「だからって、何もベッドの上でなくてもいいでしょう? なんであなたを抱きながらそんなつまらない話をしないといけないんですか」
「だって、すっかり目が覚めてしまったんだもの」
するとグレイは、ぎりりと眉を寄せたあとで、肩の力を吐いた。体ごと振り返る。
「エイムズさんに事情を話しておきました。明日の朝には必ず出勤するという約束で、今夜は自由にすることを許していただきましたから、ゆっくり休めますよ」
「そう」
厚い胸にもたれかかる。するとすぐさま腰を深く抱き寄せられた。しっとりとした互いの肌がぴたりと重なる感触が、少し気恥ずかしく、嬉しい。
「それで?」
「気がかりな点はふたつ。ドラゴンが受けた毒の種類は、本部でもまだ特定できないそうです。新種の薬だとしか思えないと言っていました。それと、犯人たち全員の記憶が一部分消えているそうです。しかもまったく同じ時間帯のが」
「なに?」
記憶とは魂に刻まれた記録だ。それを奪う権利は誰にもなく、ゆえに容易に消せるようにはできていない。事故による偶然か、何者かによる仕業か。複数人が同時にとなると、間違いなく原因は後者だ。
「厄介なことになっているようだな」
「はい。ちなみにヴィクスは、医療方面の線は薄いと言ったそうです」
「だろうな。私も聞いたことがないよ。となると、魔法か、別の方法か……。やれやれ、面倒だなぁ」
げんなりと息をこぼすリュシエールの肩を、慰めるようにグレイが指先で撫でてきた。そうして、少しだけ軽い調子に変えた声で続ける。
「あぁ、もうひとつ報告がありましたよ。現場で乱入してきた子供はサニーという名前だそうです。ヴィクスの話によれば、動物と会話ができるようだとか」
「ふぅん」
唐突に、グレイの唇がぴたりと閉じた。ややあってから、眉が動く。
「驚かないんですね」
「うん」
頷き、思い浮かべるのは、ドラゴンを護ろうと必死だったオレンジ髪の少年。
「だって、あの子は獣人族だもの」
「えっ?」
今度は明確な驚愕の顔で、グレイが声を上げた。
「でも獣人族なら、身体のどこかに必ず獣の部位を持ってるはずでしょう? 髪の色こそ鮮やかすぎるとは思いましたけど、それ以外は人間と何も変わらないように見えましたよ?」
「親も獣人なのか、はたまた先祖返りなのかはわからないが、獣の血が薄いんだろう。獣化もできないんだろうな。だが、それでもあの子は確かに獣人族だ」
ずっとずっと昔。グレイが生まれるよりも遙かに昔。好奇心から対面した人物の印象が、今でもはっきりと記憶に残っている。ゆえに、少年の姿をかの人に重ねるのは容易だ。
「獣と人間、両方の気配を宿していたこともあるが、何より魂の温度がよく似ているんだもの。獣王殿に」
笑って断言すると、またしてもグレイが眉をひそめた。
「俺は獣王に逢ったことがないからわかりません」
「ふふっ、やきもちか? 可愛い奴め」
「可愛いのはあなた。第一、それは男に対する褒め言葉じゃないって、何回言ったらわかるんですか」
「はいはい」
リュシエールはそっとグレイの肌に頬を置いた。なだめるために数度頬ずりをして、話を続ける。
「私が獣王殿にお逢いしたのはほんの数回だ。それでも、あの方の放つ強烈な熱は今でも忘れられない。前に逢ったエディのことは、お前も覚えているだろう? あの子は外見も魂も獣王殿にそっくりだよ。さすが直系なだけはある」
今も世界中を飛び回り、はぐれ獣人族を故郷へ導くための旅をしているだろう、獣人族の若き長エドワード。その朱金の瞳を思い出す。
「獣人族はその魂に、守護者の資質を持つ。もちろん個人差はあるがな。サニーはきっと、とても強い資質を持って生まれたんだろう。だから獣王殿やエディの熱と似通っているんだと思うよ」
頭上で息が漏れた。それに合わせてグレイの胸がふわりと下がる。
「それなら、サニーが動物と会話できるというのは本当のことのようですね」
「うん。獣人族は、この世界に生きるすべての動物と意思疎通をおこなえる種族だからな」
「でしたら、エディくんに連絡を入れましょうか。彼なら引き取ってくれそうですし」
「いや、必要ない」
目を閉じて暗闇を作っても、指針星はもう見えない。それでもあの光が指し示した未来が誰のものであるかは、すでに心が認識している。
「星が、ヴィクスを導いている。きっとあいつが守り育てるよ」
再び沈黙が。
ややあってから、うなり声が聞こえてきた。
「三十五歳で、結婚前に子連れ? あの人、ますます婚期を逃すんじゃないですか?」
嫌味にうっかり完全同意してしまい、リュシエールは噴き出した。
「それは言ってやるな。かわいそうだろう」
しかしながら笑い声はすぐに力尽きた。リュシエールは嘆息して、より深くグレイに体重を預ける。
「サニーは大丈夫。それよりも、記憶のことと毒の種類が特定できないという話のほうが、気になる」
ドラゴンに毒薬を撃ち込まれた瞬間は目にしていないが、苦しむ老竜の体内に毒の気配は視た。それが毒薬だということを認識もした。が、本部の科学捜査技術を持ってしてもまだ判明していないというのは気にかかる。
正体不明。
――ひとことで言えて簡単だが、犯人が記憶をなくしていることも含め、厄介なことだ。胸の奥がざわつく。それはおそらく、最近OWBstにかかった出動要請回数が想定外の多さであることも影響しているだろう。エイムズがふるいにかけてもなお多いのは、はっきりと異常だ。
OWBstが現場に出向かなくてはならないように、何者かがわざと事件を起こしているのではないかと穿った見方をしたくなる。いや、ここまでくると、いっそ曲解でも何でもなく真相への最短ルートかもしれない。何せ出動回数が増えたのは、明らかにグレイの家から迎えが来たあの日を境にしているのだから。
(いっそグレイの親が黒幕であってくれれば、話は簡単なんだがなぁ)
グレイの生家、特に母親には、グレイを連れ戻したいという動機がある。しかし十三年間も静観していたにも関わらず、今になって干渉してきた理由がわからない。それでも生家のメイドが出てきた以上、まったくの無関係であるとも思えない。
(もー、さっぱりわからん)
リュシエールは疲れに似た苛立ちをため息にして吐いた。そして恋人の肌を、つい、と指先でなぞる。
青い光に浮かび上がる筋肉の輪郭が、彫刻めいて美しい。触れる場所すべてから伝わる恋情の熱が、繭に包まれたかのように柔らかで温かい。目と肌、両方から癒やしてくれる体に、力いっぱい頬ずりをする。
「はぁぁ、これからどうしたものかなぁ」
「少なくとも、文句は言わせませんからね」
ワンテンポ遅れて、とてつもなく単純な疑問符が頭の上に浮いた。いったい何の話かと問おうとした言葉は、急に突き飛ばされた衝撃で消える。
「もういいでしょう?」
シーツの上に転がり落ちたリュシエールの肩を、男の手が握り、ベッドに押しつける。
「いつまで俺以外のことを考えてるつもりなんです?」
天井が見えない。覆い被さられて、グレイしか見えない。
月光を含んで光るアイスブルーの瞳に射すくめられ動けないリュシエールに、吐息まじりの冷淡で艶やかな微笑が降ってくる。
「ルー」
それはグレイがつけた、グレイしか知らない、グレイにしか呼ばせない呼び名。二人きりのときにしか――愛し合うときにしか使わない名を囁く声に、教え込まれた快楽が揺さぶられる。
期待と羞恥で膝が震えた天使を嗤い、吸血鬼の手が肩から腕、腕から掌へと滑り降りていく。双眸が、唇が、迫ってくる。
「何時間も、人形のようになってしまったあなたに尽くしたんですから、そろそろお礼を請求してもいいですよね」
両手の指に指を絡ませて握り、シーツに縫い止める乱暴さが痛い。
「グレイ、待って――」
「嫌です」
口づけが、いきなり深い。
動揺と男の舌に翻弄されて息ができない。
どこまでも強引で、しかし牙がリュシエールの肌を傷つけないように気遣う動きは柔らかだ。
「ルー、俺だけを見て。……感じて」
キスの合間に耳をくすぐる甘い声。甘い言葉。色欲属性を持つ魔族に与えられるものは、すべてが強烈な媚薬だ。空気の色さえ変える魅了の力を前に、理性がじわじわと溶かされていく。
「グレイ……っ」
舌先がわずかに触れながら首筋を滑る。時折唇の先だけで肌をついばんでは、息と舌でくすぐるばかり。
苦しい。
グレイの熱はもっと激しいはずなのに。それが欲しいのに。優しさが、今は焦らしているようにしか感じない。けれど理性は自分から求められるほどには溶けきっていない。快楽を望む身体と拒む理性。堕ちた身体と穢れずに残った理性。相反する感情で、どうにかなりそうだ。
「ひゃあんっ!」
突然の強い刺激に体が跳ねる。
それを見て、男が嗤う。
「可愛い」
「グレイぃ」
抗議と口にできない懇願を込めて名を呼べば、胸元から青い目が見上げてくる。
「あなたが可愛くて綺麗で、とってもおいしいのがいけないんですよ」
「そんなの、知らないっ」
「ふふっ、体はこんなに悦んでるのに。ね。いつまで意地を張っていられるのかな」
「っ、馬鹿ぁ」
力ずくで捕らえられ、どこにも逃げられない。檻の端まで追いつめて、追いつめきって、なぶってくる。悶える様を愉しんでいる。いっそ快楽の海に引きずり堕としてくれれば楽なのに。ひどい男だ。けれど、それを心の底で悦んでいる自分は、きっとひどい『女』なのだろう。
もう、どうしようもない。グレイがいなければ生きていられないのは、心だけではないらしい。こんなにも彼の熱を感じることを欲してしまう。彼の熱でなければ、きっと物足りない。すべてを燃やし尽くしてくれる灼熱でなければ、きっと満足できない。本当に、どうしようもなくグレイが欲しくてたまらない。
「グレイ」
肌をくすぐる黒髪に喘ぐ。
「お願い、早く……、私を、食べて」
――ぐぅぅ。
「…………」
「………………」
リュシエールは、そっと顔を背けた。一瞬前までとはまるで違う意味で、グレイの顔を見られない。
「……ルー?」
「うん」
「いくらなんでも、ひどくありません?」
「……うん」
今の時刻はわからないが、昼から何も食べていないのは事実である。それでも、だ。何もこんなタイミングで空腹の虫が鳴かなくてもいいではないか。恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだ。
ややあって、グレイが呆れたと言わんばかりのため息をついた。怒っている気配はないから、仕方がないことと許容してくれたのだろう。それでもおそるおそる目だけを動かしてみると、意地悪な表情を消し、温かな苦笑を浮かべた恋人の顔が見えた。
「しょうがない人ですね。何か作ってきてあげます」
体が離れる。
熱源を失ったことで寒さを感じたリュシエールは、急いで上掛けを胸にかき寄せた。そうして布の陰に隠れながら、一糸まとわぬ男の後ろ姿にこっそり見惚れていると、
「その代わり、覚悟しておいてくださいね」
ドアを開けながら振り返る、美貌の吸血鬼。
「今夜は、思う存分あなたを喰ってやる」
最後の最後に極悪と呼ぶべき色香を放って出ていった。
リュシエールは、静かに上掛けを頭の先までひっかぶる。
怒っていないと思ったのは、どうやらとんでもない勘違いだったらしい。あれは完全にスイッチが入っている顔だ。それこそ、何年ぶりかというレベルの。
(どっ、どうしよう)
グレイに手取り足取り、否、無理矢理させられた愛の営みの数々が、半強制的に脳裏によみがえってくる。口に出して話すなどとんでもない、忘れようと思っても忘れられない、もはや陵辱に近い愛撫の記憶が次から次へと――
(いーやーっ!)
両腕で布団を抱きしめ、身悶える。
(あぁん、グレイのいじわる! 馬鹿ぁ! そんなの駄目ぇ! あっ、でも、やめないで――って、いや~んっ!)
ぐるんぐるんと回る妄想に翻弄されて、ごろんごろんと転がって。
リュシエールはベッドから落ちた。




