最小の太陽-4
密猟者たちは全員見事に気絶していた。しかも致命傷となる怪我を負っている様子も見られない。おそらくローディが撃った男性がいちばんの重傷者だろう。
「ジオ。密猟者はこれで打ち止め?」
時間を置かず、ジオラルドが頷いた。
「周囲に生体反応は見当たらない。問題ないと推察する」
「わかった。じゃあ、この人たちを逃げられないように縛っといてくれる? いつ目を覚ますかわからないしね。暴れられたら困る」
「了解」
頷いて作業に移ったジオラルドは放っておいても大丈夫だろう。
一方、離れたところでは、ローディが撃った男の横でサニーとヴィクスが「悪い奴なのになんで助けるんだよ」「良いも悪いもねえ。生きてる限り助けるのが医者の仕事だ」と言いながら、手早く応急処置をしている。医者がいてくれて本当に良かった。こちらも安心して任せられる。
ローディは仲間たちから視線を外した。ベルトから軍用通信機を抜き、回線を開く。
「こちらOWBstのワイズ。応答願います」
雑音が一度。
《こちらルービッツ班、通信部。どうした?》
音がクリアになるとともに聞こえてきた、本隊にいる通信兵の問いかけに対し、わずかに言葉を選んでから答える。
「報告します。はぐれた子供と合流時、密猟団を発見。グリフォンを捕獲しようとしていたので、現場判断で密猟者七名を捕縛しました」
《了解。ルービッツ中尉に報告する。少し待て》
「はーい」
再び通信機から声が流れてきたのはすぐだ。
《ルービッツだ。被害状況を報告しろ》
「えっと、グリフォンが後ろ脚を負傷してます。あとは全員無事です」
《傷の程度も報告しろ》
「ちょっと待ってくださいね。――ヴィクスさーん。グリフォンの怪我って、ひどそうですか?」
するとヴィクスは片手を上げてしばしの待機を求めたあと、警戒を解かない幻獣に近づいていった。やはり、ある程度の距離まで近づくとグリフォンは威嚇をしてくる。先ほどと比べれば軽いものだが、接触するのは無理そうだ。ヴィクスは太もも部分にできた傷の具合を遠巻きに確かめ、こちらを振り返る。
「銃創が深そうだから、薬をつけるだけで逃がしてやるのは無理だろうな。それに、さっきの密猟者の件もある。万が一毒薬が使われてたら厄介だ。設備の整った医療施設で看たほうがいい」
「わかりました。――もしもし、中尉さん。ブランドナー先生によると、グリフォンは保護して治療する必要があるそうです。運搬用の車か何かを調達してもらえますか?」
《了解した。では救援を向かわせる。それまで余計なことはせず待機。何かあったら逐一報告しろ》
「わかりました。お願いしまーす」
ローディは通信をぶちりと切った。言葉の端々で馬鹿にしてくれた軍人に向かって、見られていないのをいいことに舌を突き出す。ささやかな意趣返しをすると、通信機を再び腰に下げつつヴィクスへと顔を戻した。
「しばらくしたら人が来ます。それまで余計なことはしないで待機してろ、だそーです」
ヴィクスが、口端を吊り上げた。
「お前もいろいろ大変そうだなぁ」
同情するでなく、突き放すでもなく。からかいまじりの言い回しが心地良い。ローディは自然と力を抜き、笑った。
「しょうがないですよ。軍の人から見たら、『コネの力で首を突っ込んでくる生意気なガキ』なんでしょうから。それはそうと、どうします? グリフォンをこのままほったらかしにしとくのは、かわいそうなんですけど。怯えてるみたいだし。痛そうだし」
「そうだなぁ」
呟いてヴィクスは、もう一度接近を試みる。が、やはりグリフォンはこちらを怖がるばかりだ。しかも傷が悪化しかねないのに無理に立ち上がろうとするため、なおさら近づけない。
ヴィクスは小さくうなり、元の場所まで後退した。
「ローディ、そのライフルは麻酔銃だよな」
「はい」
「悪いが、それで撃ってくれ。近づくだけで威嚇されるようじゃ、迎えが来ても運べねえし治療もできねえからな。尻の近くを狙えばいい」
無抵抗の動物を撃つのは気分的に抵抗があるが、彼の言う通りにするのが最善だろう。ローディは苦い何かを我慢して、ライフルを構えた。照準をグリフォンの下半身に合わせ――
「何するんだよーっ!」
ローディは声にならない悲鳴を上げ、指をトリガーから引きはがした。激しく音を立てる心臓を押さえる余裕もなく、腹に飛びついてきた子供を見下ろす。
「あっ、危ないよサニーっ。変な方向に外したらどうするのさっ」
「兄ちゃんこそ、なんであいつのこと殺そうとするんだよっ!」
「いやいや、殺すんじゃなくて眠らせるんだよっ」
「でも! そんなの使ったら、あっちの兄ちゃんみたいに怪我しちゃうじゃん!」
「ううう、否定はできない……。だけど、グリフォンは人間よりよっぽど体力も筋力もあるから、きっと大丈夫だよ」
「でも痛いだろっ?」
「う、ん、まぁ、そうだねぇ」
「じゃあやめてよーっ!」
「でもねぇ、眠らせないと暴れちゃうからねぇ。そうなると怪我がひどくなっちゃうかもだし、ヴィクスさんも治療できないからさぁ」
「だったら、動かないでって言えばいいじゃん!」
とんでもなく当たり前のことのように言い放って、サニーが離れた。全速力で走り、こちらを油断なく睨んでいるグリフォンに駆け寄っていく。
「サニー!」
「大丈夫だよっ!」
止める声も手もすり抜け、サニーがグリフォンの首に抱きついた。
「大丈夫だよ! ローディ兄ちゃんも、ジオ兄ちゃんも、ヴィクスも、あっちの兄ちゃんたちみたいにお前のこといじめたりしないよ! 大丈夫っ!」
すると、みるみるうちにグリフォンの表情が柔らかくなった。サニーを見下ろす目は、暴れ出したときのそれとは別物のように静かだ。そしてそんな幻獣を見返して笑うサニーには、獣に対する警戒心は微塵もない。まるで、言えば話が通じる、わかってもらえると信じ切っているかのように。――否、
(もしかしなくても、通じないわけがないって、思ってない?)
ありえない話だ。言語体系の違う動物と正確な意思疎通を図るのは、現在活用されている科学技術だけでなく、論文段階のものですら、いまだ先が見えない領域の話である。それを年端もいかない、ろくな教育も受けていないだろう子供ができるなど、あるわけがないのだ。が、否定的意見では目の前にある光景の説明が付けられないのも事実である。
ローディはおそるおそる、ヴィクスを見やった。
そこにあったのは、やはりひどく険しい表情。
「……サニー」
「何ー?」
グリフォンを撫でてやる手はそのままに、サニーが振り返った。彼の表情は明るく、疑問も戸惑いも警戒も感じ取れない。自分が不可思議なことをした自覚は皆無なのだろう。
ヴィクスは訊く気だ。
訊けば、謎は明らかとなる。しかし真実を白日の下にさらすことが、はたしてこの子供のためになるのだろうか。人間としては異端だと教えることが、本当に正しいことなのだろうか。
少しの躊躇を経て、ヴィクスが口を開いた。
「お前、そのグリフォンと話ができるのか?」
返ってきたのは、とんでもなく不思議そうなしかめ面だ。
「ヴィクス、何言ってんの? さっきからこいつ、喋ってるじゃん」
「サニー」
ヴィクスの声は、少しだけ震えていた。
「普通は人間には聞こえねえし、わからねえよ。動物の言葉はな」
「えっ?」
一瞬の隙間を置いて、サニーから威勢の良さが吹き飛んだ。眉が垂れ下がり、不安の色だけになる。今まで当たり前だと思っていたことが否定され、どうしていいかわからなくなった。そんな表情だ。
慰めの言葉をかけてやるべきか。そんなことを思ったローディの口を遮るように、ヴィクスが前に出た。
「言葉が通じるんなら話は早い。応急処置するからじっとしてるように言ってくれ」
「うっ、うんっ」
サニーがグリフォンをなだめているうちに、ヴィクスは幻獣の後方に近づいていた。傍らに膝をついてアタッシュケースを開き、中から注射器を取り出す。
「サニー、ちゃんと押さえてろよ」
「うんっ」
注射器に何かの薬品を入れると、清潔な脱脂綿で傷口近くの皮膚を押さえながら、迷うことなく針を刺す。
脚が一瞬暴れかけたが、一瞬だけだ。痛みと恐怖を我慢できたらしい。グリフォンはサニーの肩口にくちばしをすり寄せ、耐えている。
「よし、もういいぞ。すぐに痛みが和らぐはずだ」
「……治った?」
「そんなわけねえだろ」
使用済み注射器をアタッシュケースにしまいつつ、ヴィクスは淡泊な返事をする。
「鎮痛剤で楽になるだけだ。医療施設につれていって、治療はそれから。傷口はそのまんまなんだから、じっとさせとけよ?」
「わかったー」
鎮痛剤が効いてきたのだろう。グリフォンが頭を上げ、自分の脚を不思議そうに見た。そうしてサニーへと戻した顔は、動物に不慣れでもわかるくらい、先ほどまでとは打って変わって明るい表情である。
「えっ、ほんとっ? そっか、痛くないんだっ。良かったなーっ」
自分のことのように喜び、グリフォンに抱きつくサニーを、片付けを終えたヴィクスが無言で見守っている。彼の表情もまた、いつの間にかローディが知っているヴィクスらしい笑みに戻っていた。しみじみと何かを噛みしめるかのような微笑みは優しく、そして誇りのようなものが感じられる、『かっこいい大人』だ。
きっと、もう大丈夫。良い方向へと転がってくれるはずだ。
ローディはライフルの安全装置を入れると、肩から力を抜いた。どこに何が潜んでいるかもわからない森の中だが、軽く伸びをして筋肉の緊張を飛ばす。
「ローディ」
呼ばれ、振り返ると、ジオラルドが戻ってくるところだ。
「七名の捕縛を完了した」
「お疲れ様~。周囲の警戒はいちおう最低限だけキープして、あとは救援が来るまでのんびりしててよ」
「了解。ところでローディ、報告をしたいのだが構わないだろうか」
「ん? 何?」
首を傾げつつ問うたローディに差し出されたのは、ドーナツ型の黒いビニール性粘着テープ。
「試作品を使ってみた」
「……って、それ捕縛用テープじゃん! しかも昨日できたばっかりの! なんで持ってきてんのっ?」
「人体実験の対象として、密猟者は申し分ないと独自判断した」
――ちょっと、感動する。
「きみってときどき、すっごくいい発想するよねぇ」
「お褒めにあずかり光栄だ」
「うんうんっ。それで、使い心地はどうだった?」
促すと、ジオラルドは力強く首肯。
「指では切れないことを改めて確認した。アンドロイドである自分の力でも難しい以上、人間には確実に不可能であると判断する。また、切断にナイフを使用したが、刃こぼれはいっさい起きなかった。ただし、ナイフでも切断時に力を込める必要があるため、作業に手間取ることも推測できる。強度を少しだけ下げてはどうだろうか」
「なるほどねー。ほかに気づいたことはある?」
「手錠やロープは所持できる量に限界があるが、このテープならばかさばらない。軍隊にとって荷物量が減ることは重要だ。よって、製品化に成功すればひじょうに有効な道具になると確信した」
ジオラルドがここまで断言するのならば間違いない。ローディは拳を握って喜びを爆発させた。
「そっか! よし、頑張って完成させて、軍に売ろうっ!」
「売るのかよっ!」
いつの間にか聞いていたらしい。ヴィクスに突っ込まれてしまった。
ローディはへらりと笑い、ごまかす。
「やだなー。冗談ですよー」
「……そう見えないのは、俺の気のせいか?」
どうあっても、彼を騙すことはできないらしい。
ジオラルドは相変わらず無表情でぼーっと立っており、サニーとグリフォンはお揃いのポーズで首を傾げながらローディとヴィクスを交互に見ている。緊迫感は、かけらもない。
居心地が良くて慣れた空気感と光景が戻ってきたことに心底安堵して、ローディは呑気に笑い続けた。




