最小の太陽-3
ここは環境が最悪である。サポートが必要だ。ローディは迷うことなく、PPCの音声システムを起動した。
「Wake up! マーガレット」
《おはようございます、マスター=ローディ》
声紋識別機能によって主人を認識したPPCから、女性の人工音声が流れ出す。
《ナビゲーター=マーガレット、システムオールグリーン。マスター、指示をどうぞ》
「ここからリリーを使ってハッキングする。準備して。難易度はSランク」
《かしこまりました。これよりアタックモードに移行します》
PPCの冷却装置稼働音が大きくなる。
《ノーマルモード領域のバックグラウンドで起動中のプログラムを強制シャットダウン。メモリを解放します》
ローディはあぐらをかきなおした。しっかりと足を組み、キーボードを好きに叩いても落ちない位置にPPCを置く。
《サーバー=セバスチャンにアクセス。デスクトップパソコン=リリーの遠隔操作およびハッキングプログラム使用許可を申請します。マスター、パスワードを入力してください》
現れた入力スペースへ、ランダムに決めた十五桁の文字を素早く入力。
《クリア。ハッキングプログラムの使用、承認されました。リリー、起動します》
ローディはチョコレートを出し、口に放り込んだ。ほどなくして甘みが舌と脳を刺激する。
《リリーの完全起動を確認。ハッキングプログラム格納フォルダ、ロック解除。展開。マーガレットのディスプレイサイズを最大値まで拡大。リリーのディスプレイと接続。お待たせしました。アタックモードへの移行、完了です》
戦闘準備は整った。
深呼吸して集中力を高め、キーボードに手を置く。
「じゃあ、始めますかっ」
市販品ではありえないサイズになって宙に浮かぶディスプレイ。その真っ黒な画面に、いくつものウィンドウが開いている。そのすべてが――ハッキングに使用する独自開発プログラムが、問題なく文字を吐き出しているのを確認すると、ローディは手元を一瞥もせずに指を踊らせ始めた。
まずはワールドネットワーク上に存在する無数のサーバーから、セキュリティの甘い場所を選んで進入。使用されていないアカウントを一時的に乗っ取り、そこからまた別のサーバーへとアクセスする。こうしてセキュリティに捕まってしまった場合にこちらの身元を特定されにくくする工作をおこなうのだ。今回の最終目的地は、うきうきするほどの難敵である。念のために五つのサーバーを経由したところで、ローディは集中力のギアを一段階上げた。メイフォリア支部、軍事用メインサーバーへのアタックを開始する。
最初にすることはいつもと変わらない。入り口となるセキュリティホールを探すこと。そして監視システムの動きを把握することだ。
セキュリティは常にサーバー内部に異常がないかを見回っている。その巡回監視の目が外れた隙に内部へ侵入し、サーバーの深部に到達し、情報を得て、脱出するのだ。つまり巡回ペースが速ければ速いほど難易度は増す。しかも今回は、最高の環境に置いてある自宅のデスクトップパソコンが情報処理すると言っても、指示を出すのはネットワーク環境が整っていない場所からだ。マーガレットとリリー間の通信段階で速度が落ちる。そのタイムラグを見誤ったら終わりだ。
(でも少しくらいのハンデがあったほうが、スリリングで楽しいよねっ)
半分強がり、半分本音を胸中で漏らして笑うとローディは、監視システムの解析を始めた。それとともに、見つけたセキュリティホールからサーバー入り口のパスワード解除作業に入る。
「十桁かぁ。わー大変」
緩んだ頬のままうそぶいて、自作プログラムを走らせる。
一桁目のパスワードを二秒で突破。続けざまに二桁目、三桁目もクリアしていく。
(そろそろこのプログラムコードじゃ新しいセキュリティに対応できなくなるかもって思ったけど、まだ大丈夫っぽいなぁ。それはそれで問題だけどさ。世のソフト開発者さんたち、ちょっとサボリ気味なんじゃない?)
帰ったらジュネ課長あたりにひとこと伝えたほうがいいだろうかと考えているうちに、解除作業が終了した。すかさず侵入する。
「うっはぁ、さすが軍事用っ。想像通り面白そ……いやいや、物騒な文書ばかりだなぁ」
「おーい専属技術者。本音がダダ漏れてるぞー」
「えへへ」
横からのツッコミに対し笑ってごまかして、ローディはキーボードを叩き続けた。ずらりと並んだデータの海の中、好奇心を煽られるファイル名の誘惑に耐えつつ、目的のものを漁る。
(あった。これだ。世界中の密猟者リストと、指名手配犯リスト。で、こっちは監視報告書か。あーとーはー、メイフォリアの警戒対象リストと、保護対象リスト。あっ、たぶんこの辺のどっかに巡回警備の報告書みたいなのが……おー、発見~)
テキストファイルを開き、念のため中身を確認してみる。
《警告。二十秒後に監視プログラムの巡回が入ります。速やかに現在地より離脱してください》
「えっ、もうっ? 速ッ!」
ローディは即座に読むことをあきらめ、すべてのファイルを閉じた。リリーにダウンロードする。
残り十三秒。
全フォルダウィンドウを画面上から削除し、自分がいた痕跡を消すためのプログラムを走らせる。
残り六秒。
サーバーの入り口に戻ってきたところで、アクセス記録をサーバー上から消し去る。――完了。
《セキュリティプログラムに動きはありません。離脱に成功しました》
「ふうぅ」
少し危ないところだった。だが、ここでのんびり息をついている暇はない。ローディは同じ手順で、中継地にしたサーバーすべてからログアウトした。これで完全に離脱完了だ。
安全圏に戻ったところで、ダウンロードしたテキストファイルを開き、読み進める。
と、視界の端でヴィクスが姿勢を正した。
「何かわかりそうか?」
「いくつか怪しいのがあるんですけど、まだ何とも……」
読んだ限りでは、情報は揃っているように思える。いや、違う。パズルのピースは揃っているが完成図が見えないと言うのが、きっと正しい。ならばもうひとつ情報を得る必要がある。
「マーガレット」
プログラムが効率よく、正確に認識できる文章を脳内で組み立て、口に出す。
「非合法ネタの交流サイトを探して。一ヶ月以内のログから『メイフォリア』『フェウドー』『森』って単語がないか検索し――――っ!」
思考がフル回転で、かつ、喋っている途中でもわかった。遠くで鳴ったあの音は銃声だ。
とっさにヴィクスを見る。彼も同時にこちらに振り向いていた。緊迫感ある表情は音の正体にも勘づいているそれである。
「今の、けっこう近くないかっ?」
「たぶんライフルですっ。あの音の太さなら口径はだいぶ大きいはず……ってことは、ターゲットは人じゃない! 大型動物だっ!」
結論が出た。敵は密猟者で確定だ。
「call:ジオ!」
右耳に付けた通信機へと声を飛ばす。ジオラルド専用接続音のあと、打つように返事が来た。
《完璧なタイミングだ。前方約四十メートルの位置に密猟者とおぼしき一団を確認。人数は七名。全員ライフルを所持。彼らのターゲットはグリフォンだ。先ほど発砲により左後ろ脚を負傷した》
「サニーはっ?」
《同行中だ。待機指示に従ってくれている。問題ない》
「そっか……」
ローディは息をつき、スピードの上がった鼓動を意識して落ち着けた。代わりに思考速度を加速させる。
ジオラルドなら、七人は相手できない人数ではない。しかし傍には予測不可能な行動をするかもしれない子供がいる。不確定要素がある状況で過信は禁物だろう。
「ジオ。そいつらを撮影して、画像をリリーに送信して。で、マーガレット。検索と当時進行で、ジオから送られてきた画像とダウンロードしたリストを使って身元を割り出すよう、リリーに指示。終わったらアタックモードからノーマルモードに移行」
《了解》
《かしこまりました》
「ジオ。僕とヴィクスさんもこれからそっちに向かう。画像の送信が完了したら、密猟団の確保をよろしく」
《優先事項の指定を頼む》
「最優先はサニーとグリフォンの安全。逃げた敵は無視でいい」
《了解。これより作戦行動に移る》
マーガレットがリリーに指示したのをモニター上で確認すると、空中投影型ディスプレイを消した。PPCを鞄に放り込み、代わりに携帯端末を出して立ち上がる。足は、少し回復していた。これならば途中で倒れることはないだろう。よしと頷き、ローディは隣を振り返る。
「ヴィクスさん、密猟団がいました。グリフォンが撃たれて怪我をしたみたいなんで、看てもらえますか?」
「わかった」
サニーたちが走って行った方向へ早足で歩き出しながら、ジオラルドの現在地を受信する。
やはり、さほど離れていない。約一キロメートル強といったところか。走らなくともすぐ現場に着くはずだ。
ローディは方角を確かめると携帯端末をポケットにしまった。いつ敵が現れても反応できるように神経を視覚と聴覚に集中させ、ライフル型麻酔銃のグリップを握る。
(――いた!)
ランダムに並んだ木々の、細い隙間の向こうだ。人影が激しく動いているのが見える。そのさらに奥には、ふらついている大きな動物が一頭。体高はおよそ百二十~三十センチ、上半身は鷲、下半身は獅子の姿は、図鑑の中でしか見たことがないが幻獣グリフォンで間違いない。
距離はまだ遠い。しかしライフルならば射程圏内である。とはいえ、幹と幹の間は数センチだ。この隙間を通す自信がある者は滅多にいないだろう。それでも敵側にいないと断言はできない。運の可能性もある。ヴィクスに怪我をさせないためにも、接近しすぎるのは危険だ。
どこまで近づくか。どこから援護射撃をするか。
考えていた、そのときだった。
警戒心による緊張が限界に来たのか、ついにグリフォンが威嚇の声を上げた。吠えながら人間たちを突き殺さんばかりにくちばしを伸ばし、鋭いかぎ爪で地面を叩く。後ろ脚を負傷しているにも関わらず――いや、だからこそか――激しく攻撃の意志を見せている。
密猟者たちが勢いに押されてひるんだ。一歩二歩と後退し、グリフォンとの間に距離が開く。そこへすかさずジオラルドが割り込んだ。背中に保護すべき幻獣をかばい、立つ。
「やばっ」
その行動選択はミスだ。興奮状態にあるグリフォンが、冷静に察して敵味方の区別をするわけがない。
案の定グリフォンの視線がジオラルドに向いた。後ろ脚へ懸命に力を込め、前脚を高く振り上げる。
「駄目だっ!」
降って湧いた高い声。
争いの場にほど近い茂みから、オレンジ色の髪が飛び出した。
ローディたちはもとより、密猟者たちも振り返り、少年の存在に気づく。しかし大人たちの視線を気にする様子もなく、サニーはグリフォンに向かって叫んだ。
「駄目だよ! その兄ちゃんは違うっ!」
途端、グリフォンの動きが鈍った。さらに無理がたたって激痛が来たか、崩れるようにうずくまってしまう。
見逃さずにジオラルドが、子供の声に驚いて止まった密猟者を拳銃のグリップで殴り倒す。それによって密猟者たちが我に返った。一斉に動き出す。そのほとんどがジオラルドへと向かう中、グリフォンからいちばん離れたところにいる男がこちらを振り返った。引けた腰のまま、怯えた目でライフルの銃口を向ける。早足で近づくローディたちの方へ。
いや、違う。狙いはサニーだ。
ジオラルドも気づいたようだが、グリフォンのいる位置とは真逆である。幻獣とサニーの両方を護ることは無理だ。
ローディはライフルを上げた。
しかし位置が悪い。太い幹が密猟者の体のほとんどを隠してしまっている。ここからでは狙えない。だからといって移動していたのでは間に合わない。できてもワンステップがせいぜいだ。一瞬でも早ければ、ちょうど射線がクリアーだったのに――――。
ふと、アイディアが脳裏を駆け抜けた。
(できるか?)
自問は一瞬もない。
ローディは前に進む足でブレーキをかけた。強引に後方へ一歩。ライフルを左手に持ち替える。
右手でフォアグリップを包み持ち、
左肩に銃床を押し当て、
左目でドットサイトを覗き、
撃つ。
サニーにライフルを向けていた男が後方へ吹っ飛んだ。倒れ方からすると、当たったのはおそらく左肩だ。きっと致命傷ではない。
ローディは腹の底から息を吐いた。
右撃ち用のライフルでも、やろうと思えば左撃ちもできるらしい。考えていた以上に違和感が少なかったことは驚きだが、緊張感が尋常ではなかった。やはり慌てておこなうことではない。
もう一度深呼吸をするとローディは、ライフルを右手持ちに戻して排莢を済ませ、改めて周囲に視線を巡らせた。
向こうではジオラルドが大活躍だ。ローディの援護射撃があったことで、敵に動揺が走ったのだろう。反応が鈍ったところを見逃さず、みるみるうちに密猟者を全員伸してしまった。
念のための警戒は崩さず、ローディはヴィクスとともにサニーへと近づく。
「サニー、怪我はない?」
すると少年は口を半開きにしたまま頷き、ローディをじっと見上げてきた。
視線がまっすぐすぎて、居心地が悪い。
「な、何?」
どもりながら促すと、サニーが腕を上げて茂みの向こう側を指差した。その先にいるのは、ローディが撃った男である。
「あの兄ちゃんをやっつけたの、ローディ兄ちゃん?」
「え? あー、うん。そうだよ」
その瞬間、サニーの表情が緩んだ。
「すっ、すっげーっ!」
目が輝き、顔いっぱいに驚きと喜びと、おそらくは尊敬が、広がって溢れ出す。
「ジオ兄ちゃんもすっげー強いけど、ローディ兄ちゃんもすっげー! あんな遠くからやっつけるなんて魔法使いみたいだー!」
「ええっ?」
さらに居心地が悪くなってしまった。
小さな子供とはどうしてこうも純真なのだろう。言葉も態度も何もかもがストレートで、聞いているこちらのほうが恥ずかしい。
「あ、あはははは。そんなことないよー。うん」
のけぞるようにして輝く笑顔から逃げる。とそこへ、ヴィクスが近づいてきた。サニーの横に立ち、大きな手で子供の頭を握りしめる。
「おーまーえーなー。何が『すっげー』だ! 最初に言うべきことは『ごめんなさい』だろっ!」
「いってぇぇぇぇぇっ! 何するんだよーっ!」
「何するだぁ? それはこっちの台詞だ! 一人で勝手にどっか行くわ、迷惑かけるわ、お前こそ何してやがる!」
「だっ、だって! あの兄ちゃんたちがあいつのこといじめてたんだぞっ! 悪い奴だ! 悪い奴はやっつけなきゃ駄目なんだっ!」
「アホか! ちびが一人で行って何ができるってんだっ? 悪い奴がいるならなおさら、うろちょろするんじゃねえっ!」
げんこつを脳天に受けて、サニーが悲鳴も上げずにうずくまった。両手で頭を抱え、ぷるぷると震えている。
さすがにやりすぎではないかと心配になったが、大丈夫らしい。ジオラルドの許可を取って茂みから出ていくヴィクスに気づき、立ち上がったサニーは、頭を抱えたまま急いで彼を追いかけた。右手を伸ばし、ヴィクスの服をしわくちゃになるほど握りしめる。表情はふくれ面だが、充分すぎるほど彼を頼っているのがわかる図だ。
(あーあ、すっかり懐かれちゃって。どうするんだろうなぁ、ヴィクスさん)
思わず苦笑を漏らしながらローディは、二人のあとに続いて茂みから出ていった。




