最小の太陽-2
本隊と合流するために森の中を進む。その中でローディは一人、耐えきれず胸中でうなっていた。
(ううぅぅ。空気、重いなぁ)
救出するはずだったドラゴンを目の前で死なせてしまい、現在は被害者遺族である子供が同行中。そして先導する『暴走アンドロイド』が肩に担いでいるのは、ローディが負傷させ、今は気絶しているが、いつ目を覚ますかわからない密猟者。周囲は視界の悪い森で、逃げ延びた密猟者の仲間がどこに潜んでいるとも限らない状況下だ。雰囲気が悪くなるのも致し方なしである。しかしだからといって、見て見ぬ振りをする根性も図太さも持ち合わせていないのだから、どうしようもない。
(っ、あーもー息苦しいっ)
ローディは鼻から息を吐いた。
ヴィクスにしか警戒心を解いていないサニーや、ジオラルドについている『暴走アンドロイド』のレッテルを必要以上に気にしている医療班と軍人に、ローディが「信用しろ」「リラックスしろ」と言ったところで効果はないに決まっている。となれば、この際放置だ。まずは意気消沈している様子のヴィクスを元気づけることと、己の肉体的疲労を紛らわせる方法を取るに限る。
ローディは数歩分速度を落とし、サニーの手を引いているヴィクスの隣に並んだ。視線を向けてきた彼に、緩い笑みを返す。
「ヴィクスさんって、マッサージできます?」
どうやら思わぬ言葉だったらしい。反応までに間が開いた。
「できねえことはねえが……、人並み程度だから、専門家に頼め」
この苦笑まじりの表情は、完全にローディの気遣いを見抜いているそれだ。以前に銃と命について忠告を受けたときもそうだったが、彼はどうしてこうも本音に敏感なのだろう?
疑問は残るものの、ここは流すべきだ。こちらの思惑に気づきながらも会話に応じてくれた、ヴィクスの大人な対応に乗る。
「お医者さんなら人体の構造に詳しいでしょ? だからマッサージも上手そうな気がしたんですけど。やっぱり治療と整体は違います?」
「そりゃあな。研究対象は同じだが、アプローチが違う。……これがたとえとして正しいかはわからねえが……、ロボット制作とひとくちに言っても、パーツを作る技術とプログラミングする技術は違うだろ?」
「あ、なるほど」
機械工学科を卒業したローディだが、得意としているのは設計とプログラミングである。部品製造となると、他の研究者に任せるか、市販品を改造するのが関の山だ。つまりはそういうことなのだろう。
ローディの納得を見て取ったか、ヴィクスが軽く笑った。
「期待に添えなくて悪ぃな。いっそ、俺よりジオのほうがうまいんじゃねえか?」
「え~っ」
思わず不満声を上げるなり、ジオラルドが振り返った。しかし『傷つかない』アンドロイドだ。本音を吐露したことへのフォローも気遣いも必要はない。彼をしっしっと手だけで追い払ってから、ローディは明後日の方向へと視線を逸らした。口の先っぽでぼやく。
「最近、僕に対して容赦なくなってきてる気がするんですよねぇ。だから頼んだら、なんか、ものすっごく痛くされそうで」
「痛みを感じるのは、そこが筋肉の疲労箇所だからだ」
前を向いたまま、ジオラルドが口を挟んできた。
「そもそも筋肉疲労とは、収縮と弛緩を繰り返すはずの筋肉が弛緩する前に刺激を受けることによって常に緊張状態となり、硬直して血行障害を起こした状態のことを指す。そしてマッサージが硬く固まった筋肉をほぐす作業である以上、初期段階で多少の痛みが生じることは許容すべきではないだろうか」
傷つくどころか説教してくるときた。
ローディは口を尖らせてジオラルドの背中を睨みつける。
「言いたいことはわかるけど、痛いのは嫌なのっ」
「では、効率的かつ迅速に疲労回復を図る手段を放棄するのか?」
「違ーうっ。痛いのはやり方が悪いんだよっ。力加減って言葉くらい知ってるでしょっ? 最適な圧力ってものがあるんだよっ。それを無視して何が効率的だってのっ」
「なるほど、理解した。では本部へ帰還後、さっそくローディで実戦してみたい。協力を頼む」
「や・め・て。僕を実験台にするのは、ほんっとにやめて」
背中を丸めたローディの隣で、笑う息遣いが。
「お前たち、しばらく見ない間に砕けたなぁ」
なぜだか泣きたい気分だ。
「ジオがとっても優秀で、嬉しいでーす」
すかさず大きく頷くアンドロイド。
「光栄だ」
嫌味はまったく通じていない様子である。さすがに、言外に匂わせた感情を察するところまでは思考回路が発達していないのだろう。当然だと納得する反面、これくらいはわかれよと思わなくもないが。
隠す気もなくため息をつく。その反動でずり落ちかけたライフル型麻酔銃の紐を肩に掛け直し――――ローディは話のネタをひとつ思い出した。気分が一瞬で浮上する。
「あっ、そうだ。ヴィクスさん、麻酔銃弾の開発なんですけど、うまくいきそうですっ」
見上げた先で、彼の片眉が愉快そうに持ち上がった。
「思ったより早かったな。話を持ってきたときは、あんなに頭抱えてたってのに」
「ヴィクスさんがいろいろ相談に乗ってくれたおかげですよー。すっごく助かりましたもん。ありがとうございましたっ」
「たいしたことはしてねえと思うが、ま、手助けになったなら何よりだ。で、結局どれを使うことにしたんだ?」
「ドライアードの木鉱石です」
「そうか。あれなら加工しやすそうだし、いいかもな――っと」
突然、ヴィクスが後ろにふらついた。
木の根を踏んでバランスを崩したのかと思ったが、違うとわかったのはすぐだ。彼が足を止め、ローディのいる反対側へと顔を向ける。
「どうした?」
急に立ち止まることで手を繋いでいるヴィクスをふらつかせた少年が、明後日の方向を見ていた。怖がっている様子ではない。冷静に、注意深く、状況を探っている目だ。
「サニー?」
ヴィクスが、名を呼んで再度促す。するとサニーは、まっすぐに腕を伸ばし、自分の視線の先を指差した。
「あっちに、誰かいる」
指し示す先へと、釣られて顔を向ける。が、そこに変わったものがある気配はなかった。
ローディと同様に指の先を見た軍人たちの様子を窺ってみるが、やはり何も見つけられていないようだ。意味のわからないことを言い出した子供と保護者役となっているヴィクスへと戻した表情は、完全に呆れのそれである。
しかし、サニーの様子はただ事ではない。状況が状況だ。安直に気のせい扱いしてしまうのは危険すぎる。
「ジオ」
ローディは体ごと振り返っているアンドロイドを見上げた。
「付近の生体反応は?」
赤眼の奥がかすかに閃く。
「半径二百メートル圏内に小動物以外は存在しない。警戒態勢に移行する必要はないと判断する」
推測という単語が入らなかった以上、現時点で半径二百メートル――すなわち拳銃の最大射程距離圏内に、危険生物がいる可能性は間違いなくゼロだ。サニーが足を止めてから今までの時間を逆算して考えると、彼が何かを発見したとおぼしき時点で圏内に危惧すべき存在がいたとは考えにくい。ということは、サニーの発言は錯覚によるものか……
「いるよっ!」
サニーがむきになって声を張り上げた。
「ずーっと向こうのほうに! 助けてって呼んでる! きっと悪い奴らがいるんだっ!」
言うなり、ヴィクスの手を振り払って走り出す。
まさか『悪い奴ら』がいる所へ行く気なのか?
ローディは慌て、大きく一歩踏み出した。
「ちょっと待ってサニぅわっ!」
途端に膝から力が抜け、少年を捕まえるどころかその場に崩れ落ちた。理由ならば、もはや考えるまでもないだろう。要するに脚が力尽きたのだ。よりにもよってこんな時に! だが呑気に体力のなさを嘆いている場合ではない。心配してくれるヴィクスの声を聞き流し、ローディは四つん這い状態のまま思考のアクセルを踏む。
サニーがどうやって何者かの存在を察知したかはわからない。それでも、本当に彼の言う助けを求める者や悪者がいるかどうかを確かめることはもちろん、いないと百パーセント断言できる情報もないのだ。そうである以上、最悪のケースを想定して動く必要がある。
まずは手札の整理だ。
指揮官に頼る選択肢は外すべきだろう。尋常ではない様子だった彼女を呼び戻して働かせるのは、いくらなんでもむごい。戦力になるとも思えないから、なおさら却下だ。グレイも右に同じ。落ち着いているように見えたが、リュシエールを愚弄されただけで簡単に理性をなくして激昂する彼である。おそらく内心は冷静からほど遠いに違いない。
そうなると、指揮権を持たないローディには同行している軍人たちを使う権利はない。医療班とヴィクスは、万が一戦闘になったら足手まといになる。さらには一刻も早く本隊に引き渡してしまいたい密猟者が一名。ローディ自身はといえば、この疲れきった足で今すぐ森の中を動くのは不可能である。数分でも休める時間が欲しい。
次の問題はサニーだ。仮に追いついたとしても、おそらく彼はこちらの言うことを聞かないだろう。連れ戻すときは力ずくになる。手こずれば時間のロスに繋がることは明白だ。
早急に情報を集める必要もある。本当にこの森のどこかに敵が存在するのかどうか。それは取り逃がした密猟者か、別の密猟団か。あるいは危険生物か、別の事件に関連する犯人か、もしくはまったく別の存在か。
今の状況で、誰がどう行動するのが最適か――。
「よし」
両手を地面から離して、ローディは隣を見上げた。
「ジオ。予備弾倉は持ってる?」
「問題ない」
「じゃあその人を置いて、サニーを追いかけて。無理に連れ戻さなくていい。同行して、状況がわかったら僕に連絡」
「了解」
頷くなり、ジオラルドは担いでいた男を足元に下ろして駆け出した。彼の足ならばほどなくして追いつくだろう。
アンドロイドの背中を見送り、今度は軍人たちを振り返る。
「捕まえた密猟者と医療班を連れて、先に本隊へ戻ってください。あ、ヴィクスさんも一緒に」
「いや、俺は残るわ」
反論に驚き、視線を横にずらすと、ヴィクスがひょいと口端を吊り上げて笑っていた。
「お前たちじゃ、サニーをちゃんと叱れなさそうだからな」
確かにそちらの自信はあまりないが、叱るのは帰ってきてからで充分事足りるはずである。とはいえ、きっとヴィクスならばこれくらいの反論は予測済みだろう。そのまま返したところで言い負かされるのがオチだ。
「……わかりました」
後方支援役であるローディの近くにいれば、さほど危険度も高くない。背後に回り込んでくる敵がいないか見張ってもらうこともできる。何より、医者が傍にいてくれるのは心強い。
肯定的理由を並べて自分を納得させ、首を縦に振ると、ローディは密猟者を担いだ軍人へと顔を戻した。
「本隊には、はぐれちゃった子を保護し直してから戻りますって伝えてください」
「わかった。だが、深追いはするなよ。手こずるようなら連絡して、捜索班を要請しろ」
「はーい」
ローディの気楽な返事に一抹の不安を感じたようだったが、二人はそれ以上何も言わず、医療班を連れて歩き出した。
「――……さてと」
木々の向こうに男たちが消えたところでローディは、その場にどっさりと腰を落とした。背負っていた小型鞄から出すのは愛用PPCだ。さっそくPPCを起動するのを見て、ヴィクスが、しゃがみながら嘆息まじりの声を上げた。
「お前、こんなとこにまでそんなもの持ってきてるのか」
「むしろ、こんなところだからですよー」
本体キーボードの向こうに、空中投影型ディスプレイが立ち上がる。
「使うとしたら、間違いなく緊急事態とか非常事態でしょ? そんなときに慣れない機種だったり、扱える情報量が少ない携帯端末だと不便ですもん。一刻も早く対処しなきゃいけないときこそ、最大限に使いこなせる愛用品です」
なるほどと納得するヴィクスを横目に、ローディはワールドネットワークに繋いで情報検索を始める。
が、
(遅っ)
開始早々、いらっとしてしまった。
十数キロに渡って広がる森林内に通信環境が整っていないのはわかる。が、検索結果の一覧ですら表示に二秒以上かかるのはきつい。これが借り物のハードウェアならば我慢してやる気にもなれるが、使っているのはローディが丹精込めて改造した、市販品とは比べものにならないスペックを持つPPCである。事前に調査しておかなかった己の非を認めてもなお、許しがたい。
(駄目だこれ。使えない。くっそぅ、どうしてやろう……)
うなったのは、しかし一瞬だ。
「あ、そっか。わざわざだだっ広いところから探さなくても、近くに絶好の情報源があるじゃーん、うへへへへ。しかも連盟の支部なら、もっちろん外部からのアクセスに対するセキュリティは最高レベルだよねぇ。うひひ。面白そう」
くりくりと両手首を回して準備運動しだすなり、ヴィクスが目を剥いた。
「お前まさか、支部のシステムを乗っ取る気かっ?」
「そんなことしませんよー。ちょっと覗き見するだけですよー。うひゃひゃひゃひゃっ」
「うひゃひゃじゃねーよ! どっちにしろハッキングだろ! 万が一何かあったらどうすんだ!」
「大丈夫ですってば」
焦りまくっている大人に顔を向け、全開の笑みでサムズアップ。
「バレるようなへまはしませんから!」
「……そーゆー問題じゃねえ……」
遠い目になったヴィクスを放置し、ローディは嬉々としてPPCへと向き直った。




