最愛の罪人-3
上層部はなぜ、危険人物に自由行動を許しているのだろう。
魔法で操られているのではないか?
賄賂を渡して裏取引したとしか思えない。
少し顔が良いからと、調子に乗っているのだ。
エトセトラ……。
リュシエールとグレイの姿が見えなくなるなり、陰口の声は大きくなった。聞こえてくるのは不満と嘲笑。推測のみで語る、下世話で無責任な言葉ばかりだ。同じ部屋に『身内』がいるにも関わらず不快な発言を繰り返す配慮のなさは、大人としてどうなのだろう。少なくとも、時折ローディの反応を窺っては――己の口が不快感によって曲がっていることは百も承知である――満足そうに笑っている人間については、幼稚の一言で片付けてやりたいところである。
ローディは八つ当たり気味にストローでグラスの中身をかき回した。氷を鳴らして雑音を相殺する。
(リュウさんはゆっくりしてけって言ったけど、さっさと研究室に戻ろうかなぁ)
仲間の悪口を聞かされ続けるなど、気分が悪くなるだけで得られるものはゼロだ。そんなことに時間を使うくらいならば、早めに切り上げて仕事に戻るほうがよほど有益である。
(でも苛々してたら細かいミスとかしちゃいそう。先に射撃場でスカッと吹っ飛ばしてこようかなぁ。あ、図書館に行って新しい小説を探してみるのもいいかもね。最近はどういう系が人気なのかなぁ?)
フライドポテトを先っぽからちびちびとかじりつつ考えていた、そのときだった。
「ちょっとぉ、このうざい空気は何?」
あからさまに周囲の人間たちに聞かせる大きさで、嫌味が放たれた。
見れば、眉をひそめた三十歳前後の外見を持つ女性が、ハンバーグ定食を手に闊歩している。深緑色の長髪を左側でやんわりとまとめているエルフ族の女性は、ローディを見つけると足早に近づき、断りもなしにリュシエールが座っていた椅子にどっかりと腰を下ろした。
「あーやだやだ、不協和音がひどいわー。くだらない喧嘩でもあったの?」
断りを入れるどころか挨拶も省略され、ローディは思わず苦笑いだ。
「うざいですか」
「うざいわよ。ねっちねっちと陰口叩く輩が爽やかさを演出できると思う?」
物言いは乱暴だが、同意見である。
ローディは残りの小さいポテトをまとめて口に放り込んだ。手早く噛み砕いて嚥下し、大口を開けてハンバーグを食べている女性に微笑む。
「課長さんは容赦ないですねぇ」
すると、科学技術局開発課課長およびアンドロイド開発部門総責任者なる肩書きを持つ彼女、ジュネは、頬が膨らむほどハンバーグを頬張ったまま返事をした。
「容赦してやったら、あたしに得でもあんの? それより、何があったわけ?」
以前、口にものを入れたまま喋るのは行儀のいいことじゃないと思いますよと進言した結果、すねを蹴られ、食事ごときに研究時間を取られるのがムカつくのよボケと返された経験があるため、見ない振りをして返答する。
「えーと、グレイさんの実家から迎えが来て、それが魔族だったもんだから、ちょっと一悶着ありました……って感じですかね」
ジュネが手と口の動きを止め、一秒。
悟った表情に変わると、鼻から息を噴きつつ咀嚼を再開した。
「そーゆーことか。大変ねぇ、あの方たち」
右側にしかないエルフ族特有の長い耳が、ぴんと上を向く。苛立っているときの癖だ。
「っつーか、だったらなおさらうざいわ、こいつら。人間じゃなかったら悪いのかっての」
横目で雑談という名の悪口を言っている周囲を睨み、飲み込むと、今度は野菜サラダを口の中にかき込んだ。
迫害と言うと語弊があるのかもしれないが、ジュネ自身も様々な視線にさらされ続けてきたのだろう。ゆえに共感できるのか。グレイたちの味方をしてくれているらしい先輩研究者に、ローディは同意の笑みを返した。
「グレイさん、そんなに悪い人じゃないんですけどねぇ。少し話せばすぐわかるのに」
途端、ジュネが二度目の静止を見せた。遅れてサラダ皿の向こうから顔を覗かせる。
「まさかあんた、知らずにOWBstに……あの方たちの仲間になったの?」
次に固まったのは、ローディのほうだ。
「知らずに、って?」
その反応から何かを察したのだろう。心底呆れましたと言わんばかりに、ジュネが表情筋をねじ曲げる。
「知らないくせに周りの連中を悪く言うんじゃないわよ。あいつらはうざいけど、うざいのにもちゃんと理由があんの」
何だ、それは。
理由があれば他人を悪し様に言い、あることないこと吹聴して回り、背後から指差して笑いものにしてもいいというのか? 嘲笑を正当化できる公明正大な理由があるとでもいうのか? いじめられる側は黙って甘受しろと?
「へぇー」
まなじりが、引きつって痛い。
「さぞかしご立派な理由なんでしょうね」
鼻で笑う音が返ってきた。
「なぁに突っかかってんのよ。らしくもない」
指摘で、胸の奥がちくりと痛んだ。
――わかっている。これは図星を指されたせいだ。普段は忘れていても、見て見ぬ振りをしていても、治っていない古傷は痛い。
ローディは知らないうちに噛みしめていた唇を離し、上司を睨んだ。
「僕のことは関係ないでしょ?」
「そりゃそうね」
ジュネは歪んだ表情のまま、ハンバーグにフォークとナイフを突き立てた。
「でもあんた、自分が無知だってことを自覚したほうがいいわ。お二人の過去、何も知らないんでしょ? だったらそこから派生した周りの感情を理解した気になってんじゃないわよ」
「じゃあ教えてくださいよ。昔、グレイさんたちに何があったっていうんですか」
「はぁ? なんであたしが、わざわざ懇切丁寧に教えてやんなきゃなんないのよ。ボケ」
躊躇なく言い切ったジュネは、ハンバーグを口いっぱいに放り込んだ。目どころか顔も皿に向けてしまい、断固拒否の姿勢だ。
ローディのこめかみが、ぴきり、と引きつる。何かが腹でぐつぐつと煮えたぎる気配もする。口と頭の先から噴き出しそうなそれをぎりぎりのところで抑えながらローディは、右隣へと顔を向けた。
「ジオ」
涼しい表情で振り向いたアンドロイドに、情報検索を依頼する。
「グレイさんとリュウさんの二人ともが関わった事件か何か、データベースに記録されてる?」
彼が首を縦に振ったのはすぐだ。が、
「該当データはリュウが重要機密事項に指定した。いっさいの情報公開を禁止されているため、先にリュウかグレイの許可を得てもらいたい」
「さすがリュウ様。仕事が早いわねぇ」
ジュネがリュシエールを様付けで呼ぶのは最上位種族に対する敬意なのは知っている。しかし今に限ってふざけているように聞こえてしまうあたり、自分が冷静さを失っているのは確定だ。それでも、そこまで自覚できていても、理性は古傷を刺激されたせいで力がない。苛立ちが自由に暴走する。
ローディは食器の乗ったトレイをジオラルドの前まで押しのけると、背中と背もたれの間からPPCを引っ張り出した。スリープモードから立ち上げ、ディスプレイを展開する。
一拍後、ジュネの動きが止まった。
「ちょっと。あんた、こんなとこで何する気?」
「だぁれも教えてくれないからぁ、勝手にやらせてもらうだけですよーだ」
上司を鼻であしらって、世界連盟内のネットワークにアクセスする。付属図書館に設置されているメインサーバーの入り口に着くと、自作ハッキングツールを走らせた。そして見つけたセキュリティホールからデータベース内へと――――
「ローディ」
右手が横から掴まれた。
「データベースの閲覧は特定機器からのみに限定されている。また、その際は事前に閲覧申請が必要だ。今ローディがしていることは不正行為にあたる。バディとして見過ごすわけにはいかない」
「あっそう。でも、きみに止められる筋合いはないね」
ローディは無理矢理制止してきたアンドロイドを睨み上げる。
「きみたちが臭わせるだけ臭わせて興味を引いたくせに、何も言わないのが悪いんじゃないか。教える気がないんなら黙っててよ。自力で見つけ出してやる」
「調べることは問題ない。だが、正規の手順に則って閲覧すべきだ」
「きみの言う正規の手順ってやつは管理側の一方的な都合だよ。アクセス環境を限定してるのは、いつ誰が検索したか記録を取るのが簡単で、端末環境をひとつに決めとくとデータベースのシステム構築も動作確認も簡単だから。つまり、何か問題が起きたときのための保険でしかないの。わかる?」
力任せに手を振り払い、
「僕はデータベースを破壊するつもりはないし、データを悪用するつもりもない。ちょっと情報を覗き見するだけだよ。足跡を消せば侵入もバレないし、そしたら管理者が上司に叱られることもない。誰にも迷惑をかけなきゃ、別にいいじゃないか」
「だが――」
「しつこいよ? 何度も同じことを言わせないでよね」
一刀両断にしてパソコンに向き直った。膨大な情報を前に、指を走らせる。
検索に最適な単語は何か。ヒントならばたくさんあった。吸血鬼一族のグレイドル。天使であるリュシエールとの関係。以前グレイが感謝していると言っていたエイムズも事情に関わっている可能性が高い。そしてジオラルドに口止めを頼んだということは、軍用アンドロイドが自由検索権限を保有しているデータベースに知られたくない情報があることに繋がる。ならば、検索対象は犯罪事件記録フォルダ。リュシエールが口にした年数、十三年前。すなわち興歴三九三七年前後に絞られる。
(あった!)
すべてに該当する事件記録が一件だけ。間違いない。これだ。ローディはためらうことなくファイルを開き、読み進める。
――文章理解に集中したためだろうか。いつの間にか、苛立ちが消えていた。むしろこれは、感情が動かないと言うべきか。何もない場所に突然放り出されたかのような、不安と混乱とが足をすくませてくる。
「……みんな、知ってるの?」
こぼれた声は、自分のものとは思えないほどかすれていた。
「みんなこれを知ってて、だから、グレイさんのことを悪く言ってたの?」
耳に届いた嘆息は、ジュネだ。
「ほかにどんな理由があるってのよ」
「………………」
理解した。
現状を理解した。
納得した。
本当に、心底、嫌になる。
「はは……そっか。僕は、ほんとになーんにも知らなかったわけだ。あはは。……っ、ふーざーけーるーなぁぁぁぁぁッ!」
衝動に任せてテーブルを殴るとローディは、文書をローカル保存した。データベース上に残ったアクセス履歴を別のツールで消去した上で接続を切る。そうしてPPCを閉じるとローディは、愛機と食べ終えた食器を手に立ち上がった。
「お先に失礼しますっ。行くよ、ジオ」
ジュネにざっくりとした挨拶をして、ジオラルドを促し、歩き出す。
動かした視界に飛び込んできたのは、こちらを遠巻きにして、こそこそと、しかしあからさまに棘のある視線を向けてくる外野の姿だ。慣れた光景である。いまさら傷ついてやる価値もない。ローディは鼻からひとつ息を噴くと、くだらない外野を意識の外に追い出した。どすどすと床を踏みしめ、進む。
「あぁもぅ、アッタマきたぁ。ひっさしぶりに腹立ったぁ。僕だって、怒るときは怒るんだからねー!」
くだらない人間などに用はない。文句を言いたい相手は、ほかにいる。
*
『ムーンマダー事件』
興歴三九三七年、七月十九日。ネフカス大陸、リーストンの首都ハルメシオンにて、失血死した女性の遺体が発見された。まもなく首筋の傷から吸血鬼の犯行と断定されたが、捜査は難航し、その後も同一人物と思われる殺人事件が起きる。
犯行が必ず満月の日におこなわれることから『ムーンマダー事件』と呼ばれた連続殺人事件は十二人の被害者を出すも、興歴三九三八年、六月二十五日、リーストン国内の森林にて吸血鬼グレイドルを現行犯逮捕。吸血行為により重傷を負った被害者リュシエールを保護する。
吸血鬼グレイドルが生存している限り凶行は繰り返される恐れが強いとの判決がくだり、死刑が確定。魔族による妨害が入ると思われたがそのような行為はいっさいなく、七月十九日早朝、刑が執行された。しかし陽光に当たってもグレイドルの体に異変は起こらず、また、天使であったリュシエールが触れることができたため、刑は中止となる。
刑務所にて観察、検査をおこなった結果、吸血したリュシエールの血を通じて聖属性の魔力が強く作用し、魔族性質を鎮静化していることが判明する。さらに吸血嗜好も、完全ではないもののほぼ消失していた。
今後、吸血鬼グレイドルが無差別殺人をおこなうとは考えにくく、保護観察期間を経て釈放。大量殺人に対する刑は、世界平和連盟の要請に応じて半永久的に人間社会への貢献行為をおこなうことで代替とされた。
記録日:興歴三九三九年、八月一日
担当官:公安軍第一部隊 フレッド・エイムズ准将
――世界平和連盟データベース、重犯罪事件記録より抜粋




