4話「211系5000番台K15」
やっぱり、お父さんには一生頭が上がりません。
中学校3年生というのは、非常に非常に退屈な1年っていうのがよく分かった。1年間アイデンティティともいえる撮り鉄は封印して、ひたすら受験勉強の1年だった。幸いウチの友人、九条さんが勉強めっちゃできる娘だったから、夜な夜なLINE通話で勉強に付き合ってもらってた。そんな1年も過ぎ、ウチと九条さんは地元の高校に無事に入学することができた。
(いよいよウチも高校生かぁ。バイトもできるようになるし、前以上にあちこちに行けそうだなぁ。)
しかしお母さんに"入学祝"で変えさせられたスマホ、めちゃくちゃ動作重いな。なぜか月額料金は自分でバイトして払えって言われたから、一番安いAndroidと一番安いプランにしたけど、お祝いで買ってもらうモノなのに自分で後々お金払う…?結局お母さんは何もしてなくないか…?と野暮なことを考えていた。
「結奈、今時間あるか?」
自室の机でおニューのスマホのセットアップしてたらお父さんが扉をノックして声をかけて来た。お母さんは勝手に入ってきて勝手に怒り出すけど、お父さんは絶対ノックして外から声掛けをしてくれるから信頼が厚い。
「あるよー。何?」
ウチも誠意には誠意で返すので、机から離れ、扉を開ける。
「ちょっと来てくれ。」
「ん?」
お父さんが自分の部屋にウチを招き入れた。お父さんの部屋は結構狭くて、物置に無理矢理色々置いてる感じがある。部屋の真ん中にはひときわ大きい段ボールが置かれてた。
「その箱、開けてみてくれ。」
「え?ウチが?」
お父さんに箱を開けるように言われた。
「まさか、金払えとか言わないよね…?」
「心配するな。父さんは母さんとは違う。でもあれは酷いよね。」
父さんが笑った。確かに酷い。
「ホントに開けていいの?」
「いいぞ。」
「じゃあ…。」
ウチが容赦なく箱を開けた。中からは…。
「Canon EOS Kiss X10i…?一眼レフ!?ダブルズームキット!?」
「入学祝だ。高校入学、おめでとう。」
「~~!!」
ウチはあまりの嬉しさに、声にならない声で喜びを表現しながらお父さんに抱き着いた。
「いつまでもコンデジだと、満足できないだろう?」
「そうだけど…。これ、高かったんじゃ…。」
「いいんだ。娘の趣味を応援できない父親が、この世にいるもんか。2200系をたくさん撮りなさい。」
「ありがとう。大切にする。」
ウチの知ってる言葉では嬉しいと感謝しかなかった。こういうことを平気で言えちゃうお父さんには、本当に頭が上がらない。
「レンズの扱いには気を付けろよ。雑に扱うと割れるし、環境によってはカビるからな。」
レンズってカビるのか。それは怖いな。
「対策はどうすればいいの?」
「父さんは防湿庫使ってるよ。」
「ぼうしつこ…?」
ぼうしつこ…?冷蔵庫みたいなのがあるのかな?
「安いモノは2万円とかで買えるが、父さんの所に使ってないのが一つあるから、これをあげよう。取扱説明書があれば、使い方はわかるよな?」
「ありがとう。そうする。」
「細かい注意事項は、防湿庫を結奈の部屋に持って行ったときに説明するよ。」
「うん。ありがとう。」
その日はお父さんに防湿庫を置いてもらって、細かい注意事項とか色々聞いて色々覚えた。何よりも一眼レフを手にした。その事実が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
次の週末。ウチはいつも名鉄フリー切符を買うところを、青空フリーパスを買ってJRを撮りに行った。ウチが中3、受験真っ只中の間に315系が7編成出場。ほぼ撮ってなかった211系0番台は撮ることなく廃車回送。5000番台もK115、K116、K105が廃車に。正直新しい車両の方が好きだけど、馴染みのある顔が居なくなるって思うとちょっと寂しいので、やっぱり記録をしておきたい。しかも今日の装備はお父さんがくれたCanonの一眼レフ。上手く撮れる撮れないは別にして、今日の撮影は絶対に楽しい。直感的にそう思った。
(すげぇなぁ。ホントに8両しか来ない。)
とりあえず中央線の211系5000番台を撮るべく、名古屋駅7、8番線にやってきた。てか10両運転しなくなったって理由で増発したらしいけど、ホントにひっきりなしに来るね。高蔵寺ダラとか結構な頻度で来るやん。名古屋~高蔵寺間は往復しても1時間程度で、同じところに帰ってくるって意味なら山手線みたいな感覚で乗れる。フリー切符使ってて昼寝したくなったら、この便は積極的に使いたいね。
(とりあえず勝川のエキセン行くか。)
いくら名鉄一筋といっても、JRだって多少は知ってる。勝川は中央線でも有名な撮影地。今日は古虎渓も行きたいし、なんなら211系を撮り倒したいので撮影地の開拓もしておきたい。エキセンメインで、沿線は車窓から良さげなところ見つけたら行こうかな。
(K100重連にB400か。8両編成、315系統一ならゆくゆくはこの区間で転クロも乗れんくなるよなぁ。)
どうやらJR東海が出したプレスによると、中央線は2022年3月改正からしなのを除く全列車が終日8両編成になって、2023年度中に315系に統一するとのこと。315系はロングシートしか出てこないらしいので、そうすると中央線で転クロに乗れるのは313系が運用している間のみとなる。で、現状走ってる組成は315系、211系5000番台4両車(K0)重連、211系5000番台3両車(K100)重連+313系2両車(B400)なので、転クロが既に少ないのは言うまでもない。ウチは迷うことなくB400に乗り込んだ。
(B400もワンマン化してるけど、どこに持ってくつもりなんだろうな?関西本線なのかな?)
JR東海の方はあんまり詳しい事情を知らないので、神領の313系がどこにどれだけ転属するのかさっぱりわからない。8000番台が静岡に転属したのはちょっと意外だったかな。ロングシート地獄がちょっとは良くなったらしいから、また18キッパーしに行こうかなぁ。今日は違うけど、中学に入った位のタイミングから日帰りで関東方面にも一人で遠征に行くことが多い。行きは始発で18キッパー、帰りは新幹線課金。お金はお父さんがくれることが多い。お母さんはウチの一人旅をあんまりよく思ってないらしくて、行こうとすると結構毎回怒られる。今朝も口うるさい説教が始まりそうだったから、お母さんに見つかる前にさっさと出て来た。お父さんは理解があるだけじゃなく、応援もしてくれるから本当にありがたい。
(このブレーキ音と、転クロから眺める景色も長くないのか…。)
色んな事を考えながら窓の外を眺めてたら列車が発車した。そういえば今回の駅時刻表、315系が充当される列車には★マークついてるって話だったな。気が向いたら315系も乗ってみようかな。内装パッと見E233系かE235系っぽく感じたけど、関東圏で見る"最近の電車"の波がこっちにもやってきた感じなのかな?名鉄も9500系が"最近の電車"って感じなんだけど、ところどころに名鉄の血が混じってるからちょっと雰囲気違うんだよね。
(勝川行くか。)
考え事ばっかしててもしょうがないので、まずは勝川に向かおう。
(立ち位置どの辺なんだ…?てか一眼入ってると鞄重いんだなぁ…。)
ウチはいつも出掛ける時、リュックサックにいろんなもの詰め込んで出かける。今日はこの中に一眼が入ってるから特別重いと感じた。地元じゃお金が無いとき、チャリ乗り回して各務原線沿線をあちこち撮影に行ってたから、体力には自信があったんだけど、ウチもまだまだらしい。
(本体と…レンズ、こっちが標準だからとりあえずこれ付けて…。)
慣れない手つきで一眼を組み立ててく。コンデジとは"重さ"が違う。これが一眼なのか…。
(すげぇ…。ファインダーから見える世界がまるで違う…!)
いつものコンデジとは明らかに見える世界が違った。こんなにも違うのか…!
(K0重連…。K15か。)
カメラを構えたらちょうど都合よくK0重連が入線してきた。緊張しながらもシャッターを切る。
(わぁ…。慣れないから構図すらダメだけど、画質良いなぁ…。)
構図すら組めてなくて、AFだから面にピントが合ってないゴミ写真が撮れた。でも標準レンズと言えど、コンデジとは比にならない画質。あと、撮ってから気づいたのは…。
(午前中の勝川、バリ順だ。)
光の当たり具合とかは全然検証してなかったから、順光で撮れたのは偶然だった。
(これ、使いこなせたらスゲーの撮れんぞ…!)
体の中に電気が走るような感覚を覚えた。腕を磨こう。そう決意した瞬間でもあった。
勝川で211系やら315系やらを撮り、コンビニ飯で昼を済ませた後、古虎渓でも撮影をし、名古屋方面の電車に揺られていた時、神領を出た後の踏切が気になり、現地に赴いてみた。
(ここも良いストレートだな…。でも午前用のショバだ。面潰れしてる。)
やってきたのは関田踏切。中津川方面の列車を撮るにはかなり良さげなショバだ。
(お。211系来るなぁ。)
踏切が鳴るので、カメラを構える。んー、切り位置はわかった。この辺か?
(…串った。)
やはり慣れないカメラだけに今日はミスが多い。あろうことか一番良さげなところで串パンをやってしまった…。K0重連なんて8両でパンタ2基なのに、なんて初歩的なミス…。でもすごい楽しい。カメラが変わるだけで、こんなにも撮れる世界が変わるとなれば、いろんなものを撮ってみたくなる。今日は満足するまで色々撮ろう。
結局、この日は青空フリーなのを良いことに、東海道線の方にも撮影に出て、311系とかもエキセンしてきた。暗くなるとエキセンしかできないんだよなぁ。でも今までのコンデジとは比べ物にならないくらい画質も上がってて、めっっっちゃ楽しい。そうこうしている間に結構いい時間になってしまった。
(やばいぞぉ…。この調子だと岐阜に21:30過ぎ、家着くと22時過ぎるなぁ。お母さんがカンカンになっちゃう…!)
下りの特別快速に揺られながら少し焦る。喧嘩は中学生の頃、遠征に行ったときに、たまたま立ち位置が被った輩と起きたことがあるから大丈夫だけど、お母さんの雷はいろんな意味でうるさいので極力避けたい。が、時間はそれを許してくれなさそうだ。
(…まぁーいっかぁ。一日楽しい思いしたし。)
ぶっちゃけ良い写真が撮れたとは言わない。ただ、どれも撮ってて楽しかったのは事実。腕を上げてまた色々撮ろう。そう思えた休日だった。有意義な時間の使い方…。一応ウチは女子で、高校生だから世間的には"JK"って言われる無敵ブランドなんだろうけど、ウチにとっちゃそんなこと心底どうでもよくて、とにかく今は写真の腕を上げたい。そんな気持ちだった。多分同級生とかはインスタ映え~とか言って、スマホカメラで自撮りとかカロリー高そうな飲み物の写真撮ってんだろうな。ウチはあんなのとは違う、って言いたいところだけど、被写体、気にするところが違うだけでウチもカメラ使って写真撮ってるだけだから、やっぱりウチも浮かれた"JK"なんだろうな。え?違う?デンシャ撮ってるのは異常?キモオタ?やかましいわ。
「くぉらぁー!!結奈ー!!今何時だと思ってんの!!」
家に着いた瞬間、玄関先で盛大に雷を落とされた。
「22時。」
もう面倒なので素直に時間だけ答える。
「こんな時間まで女の子が一人で出歩いてたら危ないでしょうがー!!何やってたの!!」
あーもー…、中学の時だってちょくちょく一人で出かけてたじゃん…。ゲバで殴られないだけまだマシだよ…。殴り返さなくても良いわけだし…。
「お父さんのせいね!そんなカメラ持って!だいたい!女の子なのに身なりもしっかりしないし、恥ずかしいとか思わないわけ!?」
うわ出たよ。女の子らしくしろムーブ。うっせぇよ。世間体なんて気にしてたら撮り鉄はできねぇっての。
「何とか言いなさいよ!」
黙ってたらなんとか言えと来た。
「なんとか。」
「そうじゃないでしょ!?女の子なのに見苦しいことして…!」
「うるせぇなぁ!今までそれでエラいことになってねーだろ!?それに女の子らしくしろってどういう意味だ!?俺は俺の楽しいと思えることやってるだけだわ!なんでそれでクソつまらん説教されねぇといけねぇんだよ!」
つい怒鳴ってしまった。趣味に理解がないとかそういう話じゃなくて、ただ単に自分自身をディスられた気がしてイラついた。
「こらこら二人共。もう遅いんだから、大きい声を出さない。」
2階からお父さんが仲裁にやってきた。
「父さんからも!何とか言ってやってよ!」
「母さん。しーっ。」
「この娘、今帰ってきたのよ!?」
「母さん。結奈は中学の時からあちこちに一人で行ってたけど、それで面倒事に巻き込まれたことはあるかい?」
「それは…。」
お。お父さんがウチの言いたいことを代弁しだした。
「結奈ももう高校生だ。それにかなり旅慣れてる。確かに、こんな遅い時間に帰ってくることは問題だが、そんなに声を荒げる必要はないでしょ?」
「んー…。父さんがそう言うなら…。」
お母さんが引き下がった。
「結奈。確かに楽しいことはよーくわかる。でもな。まだ高校生なんだ。未成年が夜遅い時間に出歩くことは、いいことじゃないんだ。時間はよく考えて行動しような。」
確かにお父さんの言うとおりだ。そこは素直に反省するところだと思った。
「わかった。ごめんなさい。」
「よし。この話は終わりだ。結奈?」
「え、何?」
「楽しかったかい?」
「うん。とっても。」
「そうか。」
お父さんはそれだけ言うと2階の部屋に戻って行った。やっぱりこの人は越えれないな。父親の偉大さを再確認した。とても濃く、充実した一日だった。
2022/4/16 平野結奈




