↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約の再演 ~理屈っぽいと言われた令嬢ですが、義母になるはずの女の罪をあばきます~  作者: 藤村 キャレット


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/9

その5 筆跡は本物?

 ──ビレット邸を後にしたソフィーとスコットは、グレイストン病院を訪ねた。


 スコットが係の者に話すと、医師の立ち会いのもと、病室に案内される。

 あらためて、ベッドで横たわる父の姿に、ソフィーは息を呑んだ。


 ソフィーは父の手を握り、包帯が巻かれた頭にふるえる手をかざす。


「先生、父の具合はどうなのでしょうか?」


「一命はとりとめましたが、後のことは何とも言えません。主の御心(みこころ)しだいでしょう」


「そうですか……」


 ソフィーは横たわる父の手を握り、じっと見つめる。


「スコット様、父の手をご覧ください」


「なんです?」


 スコットが覗き込んだ。


「指輪に、まだインクが乾かずに残っています。判を押してから1日も経っていないようですね」


「インクなんか付いてますか?」


「指輪の溝の部分をよく見てください。わずかに、乾いていないインクが残っているでしょう?」


「なるほど。でも、それがどうかしたんですか? 何かの手がかりなのですか?」


「いえ、何も。今は事実を覚えておくだけです。スコット様、父は先生たちに任せて、私たちはもう参りましょうか」


 ──


 ──病院を出ようとしたソフィーとスコットの前に、ペンとメモをもった男が立ちはだかった。街報紙の記者だ。


「ソフィー・ビレットさんですね? ロバート・ビレット氏の容態は悪いのでしょうか?」


 スコットは記者のずけずけとした態度に、眉をひそめた。


「君ね、もう少し言い方というものを……」


「父の容態はよくありませんわ」


 ソフィーがスコットをさえぎって説明する。


「ほんとに!? それで、ドクターはなんと?」


「1週間もつかどうかわからないそうです……。ましてや、意識を取り戻すことはないでしょう、と……」


 ソフィーは顔を伏せ、目に手を当てた。


「そうですか! それでは、私はこれで」


 記者は、喜びを抑えるようにして、小走りで去って行った。


 ──記者がいなくなると、スコットが驚いたようにたずねた。


「……ソフィー、なぜビレット氏が危篤であるかのように言ったのです?」


「……念のため、ですわ」



 ◇  ◇  ◇



 ──ソフィーとスコットが屋敷に戻ると、執事のブラントが出迎えた。


「お嬢さま、お帰りなさいませ。旦那さまの具合はいかがでしたか……?」


 心配そうにたずねるブラントに、ソフィーは答えず、逆に質問した。


「ガルウッドさんはどちらに?」


「家にお帰りになったようですよ」


「婚姻届けを持って?」


「さあ……。存じませんが」


「そう……ありがとう」


 ──ブラントがいなくなってから、ソフィーが口を開いた。


「スコット様、私はこれからガルウッドさんのお宅を訪ねます。……父のサインが入った書類を持って」


「はあ……。でもどうして?」


「あの婚姻届けのサインの筆跡を確認します」


「筆跡を? それじゃあ、あの婚姻届けは偽造だというのですか?」


「わかりません。ですから、それを確かめます。もし筆跡が違っていれば、婚姻届けは無効ですし、それどころか偽造自体が犯罪です。そうなれば、父を襲った犯人が彼女なのも明らかですしね」


「では、ソフィー、もしや、ガルウッドさんが犯人だと言うのですか……?」


「ここまでの状況から考えて、いちばん怪しいのは彼女ですからね。……スコット様、私が彼女を疑っていること、誰にも言わないでくださいますか?」


「も、もちろんです」


 スコットは胸を叩いた。


「父は言っていたのです。『あの女は財産目当てだ』と」


「なるほど。それなら、ビレット氏が婚姻届けにサインするはずがありませんね」


「はい。でも現にサインはあります。もし、あれが受理されたら、法律上は、私はガルウッドさんの娘になります」


「確かにそうですね」


「しかし、もし父が意識を取り戻せば、話は別です。ですから、ガルウッドさんは、どうしても父を……」


「……亡き者にしなければいけない、と……?」


「……はい」


「それで、さっき記者にうそをついたのですね」


「父が快復するかどうかはわかりませんが、危篤だと知れば、ガルウッドさんは安心するでしょう」


「……なるほど。ソフィーはそこまで考えて……。いや、私は、まったく考えが及びませんでした」


「スコット様、私の気持ちをお察しください。父が重体なうえ、私とそう歳の変わらない女性が、私の義母(はは)になるなどと、考えたくもありませんわ」


 ソフィーの口調は意外なほど冷静だった。危機が訪れると却って平静になることもある。スコットは経験でそれを知っていた。


「わかりました。私も同行しましょう」



 ◇  ◇  ◇



 ──ソフィーたちはアンナ・ガルウッドの屋敷を訪ねた。


 通りに面した立派な屋敷は、アンナの亡夫の資産をうかがわせるが、それが今の彼女にとっての負担になっていた。


 呼び鈴を引いて待つあいだ、スコットはソフィーが玄関のドアマットをじっと見ていることに気づいた。


「ソフィー、何を見ているんです?」


「いえ、ちょっと……」


 ソフィーは屈むと、なにかゴミのようなものを拾った。


「なんです? それは」


「種ですね。花の種です」


 ソフィーは種を懐紙に包むと、懐にしまった。


「そんなものを拾ってどうするんです?」


 ソフィーが答えようとすると、使用人が現れ2人を中に通した。玄関を通るとホールでアンナが迎え出た。


「あら、ソフィー。あなたがこの屋敷に来るなんて初めてね。スコット様もご一緒で」


 中に進むと、ソフィーは応接間を素早くぐるりと見まわした。


「暖炉に火を入れているんですか、ガルウッドさん。今日は温かいですよ」


「ええ、ちょっと湿気があるようなのでね。それに、あなたたちにお茶をお淹れしようかと」


「それはどうも。暖炉で何かの書類を燃やしたのですか?」


「どうして?」


「いえ、紙の燃え残りが見えるので」


「え、ええ。処分する書類があったのよ」


「ところで、例の婚姻届けですけど、ガルウッドさん、あなたが保管しているのですか?」


「そうよ、ソフィー。だって、また(・・)泥棒が入ってはまずいでしょう?」


「そうですわね。『一度あることは二度ある』って言いますし。ちょっと見せていただけますか?」


「婚姻届けを? また? そんなに見てどうするの」


「見せられないわけでもおありですか?」


「とんでもない。いいわ、ちょっと待って」


 アンナは寝室に向かい、1枚の書類を手に戻ってきた。例の婚姻届けだ。


「どうぞ」


 アンナが差し出した婚姻届けを、ソフィーは受け取り、じっと見つめる。


「……これは普通の書類より小さいですね。こう言うと何ですが、こんな紙で婚姻届けを出そうとしたんですか?」


 普通のものより明らかに小さい。見栄っ張りのアンナが、婚姻届けにこんなものを選んだという事実に、ソフィーは違和感を覚えた。


「紙や書式は関係ないのよ、ソフィー。2人のサインと、愛を誓う文言さえあれば受理されるの。世間には、良い紙が手に入らない方もいらっしゃるしね。愛に貴賤《きせん》はないのよ」


「なるほど。おっしゃる通りです」


 ソフィーは婚姻届けを応接室のテーブルに置くと、拡大鏡を取りだし、持参したビレット氏のサインの入った書類と見比べながら、詳細に観察した。


「何をしてるの? ソフィー」


「ちょっとサインの筆跡を見てるんです……」


「筆跡がわかるの? それも授業で習ったのかしら?」


「はい。細かく調べれば、筆跡の違いはわかるものなんです」


 ソフィーは淡々と答え、長い間、サインの文字を調べていたが、やがて身を起こした。


「満足した?」


 アンナが微笑んだ。


「はい、ガルウッドさん。たしかに、サインは本物です。この婚姻届けは有効ですね」


 ソフィーは小さくため息をついた。


「もちろんよ」


 ソフィーは婚姻届けを返した。受け取るアンナの顔は、どこか誇らしげに見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。