第十四部 商人テオと、揺れる荷台の話 Another Side:テオ
灰柳の分岐を東へ折れてから、テオはしばらく黙っていた。
薬草商隊は、いつもの速度で進んでいる。
馬の歩調。
車輪の軋み。
乾燥薬草の匂い。
ミラが後方の荷台を確認し、若い荷役が幌紐を締め直している。
よく動く商隊だ。
テオは、よく動くものが好きだった。
船でも、商隊でも、人でも。
止まったものは腐る。
動くものは壊れる。
商人は、その腐る前と壊れる後の間に値段をつける。
ひどい仕事だ。
だが、必要な仕事でもある。
ロド・カナリ。
便宜上の傭兵。
左肩深創。
脇腹浅創。
痛み申告可能。
無理をすると悪化。
妙な退院証だった。
妙な男だった。
もっと妙なのは、同行者のサンドルだ。
あれは従者ではない。
商人でもない。
護衛でもない。
だが、荷の重心を見て、書類の余白を読み、主の痛みを業務として扱う。
ああいう人間は、値段をつけにくい。
値段をつけにくいものほど、あとで高くなる。
テオは、外套の内側から小さな紙を出した。
グラント商会の控え紙だ。
そこに短く書く。
ロド・カナリ。負傷傭兵。南方療養地行き。口は元気。
サンドル。同行管理者。書類と荷の目が良い。要注意、ただし有用。
少し考え、もう一行足した。
革袋、重い。
書いてから、テオは笑った。
商人の記録としては雑だ。
だが、こういう雑な一行が、後で一番役に立つことがある。
「何を書いてるんだい」
ミラが横から言った。
「未来の値段」
「また悪い癖だね」
「商人の美徳だ」
「美徳って言えば聞こえが良いと思ってるところが、あんたの悪いところだよ」
「分かってる」
「分かってて直さない」
「商人だからな」
ミラは鼻で笑った。
「で、あの怪我人、何者だい」
「便宜上は傭兵」
「あんたまでそれを言うのかい」
「便利なんだ」
「危ないのかい」
「たぶん」
「助けたのは損かい」
「まだ分からない」
「得かい」
「それもまだ」
「じゃあ何で書付を渡した」
テオは、馬車の前方を見た。
東の道は、少しずつブリエン薬草の集積地へ向かっている。
その先には、王国。
さらに先には海。
もっと先には、オーランド。
世界は広い。
だが、道は意外と細いところで繋がる。
「面白そうだった」
「商人が一番損をする理由だね」
「同時に、一番得をする理由でもある」
テオは紙を折り、封に入れた。
グラント商会の次の取扱所へ送るつもりだった。
ロド・カナリ。
サンドル。
南方療養地。
この三つは、たぶんまたどこかで値段を持つ。
金の値段か。
情報の値段か。
それとも、もっと面倒な、人の縁の値段か。
今はまだ分からない。
分からないものは、記録しておく。
商人の基本だ。
前方で馬が鼻を鳴らした。
薬草の匂いが、風に流れる。
テオは封を懐にしまい、笑った。
世界は今日も、痛い者と運ぶ者と値段をつける者で回っている。
なら、自分は自分の仕事をするだけだ。
少しだけ、人間らしい余白を残しながら。
──Another Side 了




