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第百十一部 勝った後で、ようやく名前を呼び合う話 ② 三つの鍵で管理される身柄

 サロメ・ヴァルガの身柄は、三つの鍵で管理されることになった。


 一つは市警。


 一つは軍医会。


 一つは、ザクセル側立会人。


 どこか一つの組織が勝手に連れ出せば、その事実そのものが紙になる。


 ヴィクトルは、その場でそう提案した。


 紙問屋の親方が賛成した。


 薬種商の女主人も頷いた。


 ザクセル改革派の男が、橋の壊れた板を見ながら言った。


「橋を壊そうとした者を、橋を見た者たちで預かる。それなら筋が通る」


 筋。


 この数日、誰もが筋を失っていた。


 名前を奪われ、書類を書き換えられ、偽の物語で動かされてきた。


 だからこそ、いま人々は筋を欲しがっていた。


 サロメは、拘束される直前にレオンへ近づいた。


 兵たちが警戒する。


 レオンは動かなかった。


「これで終わりではありません」


 サロメは言った。


「知っている」


「灰旗は私一人ではありません」


「だろうな」


「あなたは、私を倒した気でいる」


「違う」


 レオンは彼女を見た。


「今日は、お前を舞台から降ろしただけだ」


 サロメの目が細くなる。


「では次は?」


「客席へ座って見ていろ」


 レオンは低く言った。


「お前が壊した名前を、俺たちが戻していくところを」


 サロメはしばらく黙っていた。


 やがて、初めて少しだけ笑みを消したまま答えた。


「不愉快ですね」


「それはよかった」


 兵たちがサロメを連れていく。


 彼女の背中に、もう灰色の影はなかった。


 あるのは、名前を呼ばれた一人の女の背中だった。


 サロメ・ヴァルガ。


 灰旗第九位。


 その名は、すでに紙になっていた。



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