↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

553/557

第百十部 橋の上で、灰色の筋書きを破る話 ⑤ 逃げようとしたサロメ

 サロメは逃げようとしていた。


 橋の崩落で混乱を作り、その隙にザクセル側へ抜ける。


 だが、そこには白翼がいた。


 イタリカ側へ戻ろうとすれば、市警と紙問屋たちがいる。


 橋の中央には、レオン。


 その背後に、ヴィクトル。


 そして、カミラ。


 サロメは足を止めた。


「見事です」


 彼女は言った。


「まだ笑うのか」


 レオンが立ち上がる。


「笑います。ここで怒鳴れば、負けを認めるようなものですから」


「もう負けている」


「何に?」


 カミラが、ニーナに支えられながら立ち上がった。


「人目にだ」


 サロメの視線がカミラへ向く。


 カミラは息を整え、橋の上の群衆へ向き直った。


「私は、カミラ・パヴェル。イタリカ共和国監察官として、今ここで証言する」


 ヴィクトルが筆を構える。


 群衆が静まる。


 カミラは血の滲む肩を押さえながら、はっきり言った。


「私を拘束し、灰倉院で死亡処理を試み、鹿鳴橋で狙撃と橋梁破壊を行った一連の工作には、灰旗第九位サロメ・ヴァルガが関与している」


 サロメの顔がわずかに歪む。


「証拠は」


「ある」


 カミラはレオンを見た。


「紙を」


 レオンは命令書の写しを掲げる。


 ヴィクトルが灰旗の紙片を掲げる。


 白翼が狙撃手の命令紙を掲げる。


 ニーナが毒入りと疑われた水杯を掲げる。


「これはまだ、完全な裁判ではない」


 カミラは言った。


「だが、十分な嫌疑だ。私の名で、サロメ・ヴァルガの拘束と、灰旗関係文書の押収を要求する」


 市警は動けなかった。


 国家保安局の監視も動けなかった。


 軍の兵も迷っていた。


 この場でサロメを守れば、灰旗側だと見られる。


 この場でサロメを捕らえれば、国家保安局と軍の内部に波紋が走る。


 誰も動けない。


 その停滞を破ったのは、ザクセル側の改革派の男だった。


「橋を壊そうとした者を捕らえろ!」


 次に、紙問屋の親方。


「子どもの名簿を貼った連中の親玉だ!」


 薬種商の女主人。


「毒を使った者を逃がすな!」


 市民の声が重なる。


 兵たちが、ようやく動いた。


 サロメの周囲を囲む。


 サロメは抵抗しなかった。


 ただ、レオンを見た。


「今日は、あなたの勝ちということにしておきましょう」


「今日は、ではない」


 レオンは言った。


「ここからだ」


 サロメは微笑む。


「あなたは、私を捕らえれば終わると思っていますか」


「思っていない」


「なら、なぜ」


「終わらせるためじゃない」


 レオンは一歩近づいた。


「始めるためだ」


 サロメの目が、わずかに動いた。


「何を」


「お前が灰色にした名前を、全部取り返す」


 サロメは答えなかった。


 初めて、すぐには答えなかった。


 その沈黙が、今日一番大きな勝利だった。



 ──第百十部 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。