第百八部 灰色の旗を、舞台の上へ引きずり出す話 ⑤ 夕方までに街中へ広がった劇場の騒ぎ
劇場の騒ぎは、夕方までに街中へ広がった。
灰旗の男が人前で捕まった。
毒を噛もうとした。
灰倉院命令書を知っていた。
袖に灰旗の刺繍があった。
ミハイル・ドレンが生きて証言した。
小屋番の娘が、黒松峠の罠を証言した。
子どもの名簿を貼った者が、灰旗の手先だった。
誰も全体像は知らない。
だが、もう十分だった。
サロメの物語に、別の筋が走った。
羊毛倉庫へ戻る途中、レオンは初めて少しだけ息を吐いた。
ニーナが横で言う。
「スカッとした?」
「少し」
「少し?」
「かなり」
「正直でよろしい」
リザが後ろで小さく拳を握っていた。
「私、引っ張りました」
「ああ」
レオンが頷く。
「助かった」
リザの顔が明るくなる。
ニーナが言う。
「でも次から梁に登る時は言って」
「はい」
「足」
「痛いです」
「後で診る」
「はい」
ミハイルは印刷工に支えられながら歩いている。
「一言だけと言われた」
「一言だった」
「俺は守った」
ニーナが睨む。
「声量が一言じゃなかった」
「印刷工は声を通すものだ」
「違うと思う」
ヴィクトルは灰旗の男を市警と共に移送する手配をしていた。
ただし、普通の牢ではない。
医師と市民と紙問屋と薬種商の代表を立ち会わせる。
殺されないように。
消されないように。
青いインクだけの証人にしないように。
サロメが得意とする「なかったこと」にさせないために。
「一発入ったな」
レオンが言った。
ヴィクトルは頷いた。
「ええ」
「次は?」
「次は、彼の口からサロメの名を出させます」
「喋るか」
「喋らせるのではありません」
ヴィクトルは、劇場の方を振り返った。
「喋らなければならない状況を作ります」
──第百八部 了




