第百八部 灰色の旗を、舞台の上へ引きずり出す話 ③ 昼過ぎに人で埋まり始めた東区人形劇場
東区人形劇場は、昼過ぎには人で埋まり始めた。
きっかけは、子どもたちだった。
新聞売りの少年。
荷運びの少女。
壁貼りの双子。
使い走りの小柄な子。
彼らが、いつものように街を走った。
ただし、配ったのは新聞ではない。
招待状だった。
――名を晒された者は、劇場へ。
――名を晒した者も、劇場へ。
――灰旗第九位の話をする。
誰が書いたのか分からない。
だから人々は来た。
子どもの親が来た。
紙問屋が来た。
薬種商が来た。
市警も来た。
国家保安局の監視も来た。
そして、灰色の袖を隠した男たちも来た。
劇場の舞台裏で、レオンは外套の襟を直していた。
ニーナは薬箱を抱え、心配そうに彼を見る。
「本当に舞台に出るの?」
「出る」
「顔が割れる」
「もう割れている」
「狙われる」
「もう狙われている」
「それはそうだけど」
「俺が出なければ、子どもを囮にした意味がなくなる」
「囮って言わないで」
「すまん」
「でも、分かってる」
ニーナは小さく息を吐いた。
「嫌な作戦」
「ああ」
「でも、やるしかない」
「ああ」
舞台の反対側では、ヴィクトルが紙束を整えている。
ミハイルは喉を布で巻かれ、椅子に座っていた。
熱がある。
それでも、ここにいると言い張った。
「本当に喋るのか」
レオンが尋ねる。
「印刷工が、自分の活字を盗まれて黙っていられるか」
「喉」
「あとで怒られる」
「今怒られろ」
ニーナが言う。
「一言だけ」
「三言言う顔」
「では二言」
「一言」
「厳しい」
舞台袖の暗がりで、リザもいた。
小屋番の娘は、両親を安全な場所へ送られた後、自分だけ戻ってきた。
レオンは彼女を見つけた瞬間、眉を寄せた。
「なぜいる」
「証言します」
「駄目だ」
「馬車に縛られて燃やされそうになったのは私です」
「だから駄目だ」
「だから言います」
レオンは言葉に詰まる。
ニーナがリザの包帯を見る。
「足は?」
「痛いです」
「なら座って」
「はい」
「証言は一言だけ」
「ニーナさんまで」
「一言」
リザは不満そうに頷いた。
舞台の外がざわめく。
市警が増えた。
同時に、灰色の男たちも客席へ紛れている。
ヴィクトルが小声で言う。
「始めます」
レオンは深く息を吸った。
カミラはここにいない。
サロメ本人もいない。
だが、ここで一つ叩く。
灰色の旗を、人前へ引きずり出す。
レオンは舞台へ出た。




