第百三部 散った火を、一つの道へ束ねる話 ② 狭かった地下通路
地下通路は狭かった。
ミハイルを担いだ印刷工が先頭。
次にセムの家族。
ニーナ。
レオン。
ガレス。
最後にヴィクトル。
途中で何度も横道があったが、ヴィクトルは迷わず進む。
「どこへ向かっている」
レオンが尋ねた。
「東門の外」
「カミラを追うのか」
「追う準備をするためです」
「同じことだ」
「違います」
ヴィクトルは立ち止まらず答える。
「カミラさんたちがどの道を通ったか、まだ確定していません」
「旧検疫所から上へ抜けた」
「そのあとが問題です。東門を通れば軍の記録に残る。水門を通れば荷の記録に残る。屋根伝いに出れば、どこかで馬か荷車が必要になる」
「それを調べる」
「はい」
「では急げ」
「急いでいます」
「もっと」
「走ればミハイルが死にます」
レオンは口を閉じた。
ニーナが背中越しに言う。
「今のは良い黙り方」
「評価するな」
「する」
「なぜ」
「黙れない人が黙ったから」
ガレスが低く笑い、肩を押さえて顔を歪めた。
「笑うと痛いなら笑わない」
ニーナが言う。
「笑わせる奴に言え」
「全員か」
「主に亡国王子だ」
「俺は何もしていない」
「存在がうるさい」
「ひどいな」
そんなやり取りをしているうちに、通路の先へ光が見えた。
出口は、使われなくなった粉挽き小屋の床下だった。
外へ出ると、街壁の東側。
朝霧の向こうに、東門へ続く街道が見える。
門の上には、すでに兵が増えていた。
ヴィクトルの連絡員が駆け寄ってくる。
「確認しました。軍の移送車列は夜明け前に東門を通過しています」
レオンの表情が険しくなる。
「カミラは?」
「分かりません」
「何台だ」
「公式記録では三台。実際に出たのは五台」
ガレスが顔を上げた。
「差の二台が本命か」
「おそらく。ただし、一台は空でした」
「もう一台は」
「医療標識付き。表向きは発熱疑いの民間人搬送です」
ニーナが息を呑む。
「アンナさんの診断書を使ったんだ」
「行き先は?」
レオンが問う。
「東部臨時軍政庁方面。ただし、途中の聖バルト施療院で医療確認を受ける記録があります」
「施療院までどれくらい」
「馬なら半日。今から追えば夕方」
「行く」
レオンは即答した。
ヴィクトルは首を振る。
「全員では行けません」
「なぜ」
「ミハイルを隠す。セムの家族を逃がす。街へ残った紙を流す。捕虜の死体から灰旗の手掛かりを追う。どれも必要です」
「また分けるのか」
「広げるためではありません。束ねるためです」
ヴィクトルは地図を広げた。
「目的は一つ。聖バルト施療院で、カミラさんたちが通った証拠を掴む。救出ではなく、追跡のためです」
「目の前にいれば」
「連れ出さない」
「状況次第だ」
ニーナがレオンの横へ立つ。
「連れ出すなら、四人全員。無理なら証拠だけ」
「分かっている」
「言っただけでは駄目」
「では何をすれば信じる」
「剣を私に預ける」
場が止まった。
「それは無理だ」
「じゃあ信用できない」
「剣なしで何をしろと」
「証人になる」
「俺は剣士だ」
「今は紙の人」
ミハイルが壁にもたれたまま言った。
「いい表現だ」
「喉を温存しろ」
レオンはしばらく黙ったあと、剣を抜いた。
全員が緊張する。
だが彼は鞘ごと外し、ニーナへ差し出した。
「預ける。ただし、敵が出たら返せ」
ニーナは受け取った瞬間、重さで少し下がった。
「重い」
「だから言った」
「こんなの持って走ってるの?」
「だいたい」
「馬鹿じゃないの」
「今その結論か」
ガレスが口元を押さえる。
「笑うな」
レオンが言う。
「痛いから笑っていない」
「肩が揺れている」
「痛みだ」
緊張が少しだけ緩んだ。
その緩みの中で、セムが前へ出る。
「俺も行きます」
「駄目だ」
ガレスが即座に言う。
「家族を安全な場所へ送れ」
「でも」
「お前の家族が狙われた理由を考えろ。お前が動けばまた使われる」
セムは悔しそうに唇を噛む。
弟が、彼の袖を掴んだ。
「兄ちゃん、来て」
その一言で、セムの肩が落ちた。
「……分かりました」
ガレスは彼の肩を叩いた。
「生きていれば、次がある」
「ガレスさんは?」
「行く」
「怪我してる」
「俺は大人だからいい」
ニーナが即座に言う。
「よくない」
「人手がいる」
「肩と脇腹」
「足は動く」
「そういう問題じゃない」
「俺は道を読む。レオンは剣を預けた。お前は薬を持つ。三人でちょうどいい」
「ヴィクトルは?」
「私は別の道で施療院へ紙を送ります」
ヴィクトルはレオンを見る。
「そこで何か見つけたら、すぐ書いてください。あなたの言葉で」
「分かった」
「握り潰さず」
「分かった」
「血で汚さず」
「努力する」
「努力では困ります」
ニーナが剣を抱えたまま言う。
「私が見てる」
「監視が増えた」
「よかったですね」
「全然よくない」




