第九十八部 偽物は、本物より先に国境を越える話 ② 十二台の荷車と、空箱を追うガレス
中央医療倉庫では、朝から十二台の荷車が出入りしていた。
ニーナは借りた灰色の上衣の袖を肘まで捲り、苦根の袋を秤へ載せている。
「重さが違います」
倉庫係が言った。
「どちらが?」
「注文書より二割多い」
「湿っているからです」
「乾燥薬ですよ」
「外側は乾いていても、内側へ湿気が残っています。袋を開けて確認してください」
「全部?」
「全部」
「時間が掛かる」
「量を間違えた薬を飲ませたら、もっと時間が掛かります」
倉庫係は面倒そうに袋を開いた。
ニーナはその間に、机へ積まれた配給票を横目で確認する。
昨日、カミラの診療記録から出された薬品請求。
苦根。
柳皮。
活性炭。
温布。
左手首を固定する細布。
そのほかに、同じ施設へ送られる品が増えていた。
熱冷ましが三人分。
傷口の洗浄用の酒精が二人分。
肋骨固定用の広幅布が一人分。
喉の炎症へ使う薬が一人分。
少なくとも、カミラだけではない。
「そちらの箱は?」
ニーナが尋ねる。
「臨時保管所行きだ」
「請求元は同じですよね」
「お前には関係ない」
「薬の重複があるなら確認しないと」
「言われた量を詰めればいい」
「患者が何人かも分からず?」
倉庫係が顔を上げる。
「薬師見習いが余計なことを聞くな」
「見習いではありません」
「では薬師か」
「それも違います」
「何なんだ」
「薬を間違える人を止める係です」
倉庫係はしばらくニーナを見たあと、考えるのを諦めた。
「四人だ」
「何が?」
「患者だ。四人分を一緒に送る」
「症状は別々ですね」
「一人は女。あとは男三人」
「名前は」
「管理番号だけだ」
「移送するの?」
倉庫係の手が止まる。
ニーナは苦根を袋へ戻しながら、何でもないように続けた。
「温布をこれだけ出すなら、倉庫で治療を続ける量ではありません。何日分ですか」
「三日」
「昨日は五日分の発注だったはずです」
「予定が変わった」
「いつ?」
「昨夜だ」
倉庫係は、それ以上話す気を失ったらしく、荷札へ印を押した。
ニーナは黙って箱の縄を結ぶ。
移送は五日後ではない。
三日後。
偽自白の公開と同時に、予定が早められた。
誰かが、外から拘束場所を追っていることへ気付いたのかもしれない。
あるいは、偽自白が世論へ浸透する前に、カミラを東部へ送る必要が生じた。
「結び方が違う」
倉庫係が言った。
「何が?」
「軍向けの荷は、左へ二度巻いて右で留める」
「なぜ」
「途中で開けられたか分かるようにだ」
「最初から教えてください」
「普通は知っている」
「普通ではないので」
ニーナは縄を解き直した。
荷札の端には、受取施設を示す記号がある。
丸の中へ縦線が二本。
昨日の振替票にはなかった記号だ。
覚えて帰る。
紙へ書けば、見つかった時に説明できない。
丸。
縦線二本。
右下に小さな欠け。
ニーナは、荷札を結びながら三度頭の中で繰り返した。
◇
ガレスは空箱を追っていた。
最初の荷車は、中央医療倉庫から旧税関庁舎へ向かった。
そこで苦根と温布だけが別の箱へ移され、最初の荷箱は倉庫へ戻された。
二台目は、魚油を運ぶ商人の荷車へ混ぜられた。
それも河岸近くの市場で止まり、今度は小型の軍用馬車へ積み替えられる。
荷を直接追えば、三度目の交換で見失う。
ガレスは戻ってくる空箱へ狙いを変えた。
二度目の箱は、日が傾く頃に市場裏の廃物置場へ捨てられた。
底には黒い粉。
端には白い石灰。
濡れた葦の欠片。
魚油の臭いへ混じり、消毒用の酒精と古い染料の臭いが残っている。
「河岸の隔離所か」
かつて疫病患者を留め置いた旧検疫施設が、東側の河岸に二か所ある。
一つはすでに取り壊された。
もう一つは、染物工房と軍の物資置場に挟まれたまま残っている。
ガレスは箱の縄を切り取り、泥の付いた部分だけを懐へ入れた。
「随分と熱心だな」
背後から声がした。
振り向く前に、短剣を抜く。
男が二人。
市場の人足に見える服だが、靴が揃いすぎている。
一人は腰へ棍棒。
もう一人は袖の中へ刃を隠している。
「空箱を拾う趣味がある」
ガレスが答えた。
「その縄を置いていけ」
「ごみだろう」
「ごみを欲しがる者もいる」
「俺と同じだな」
右側の男が動いた。
袖から細身の刃が滑り出る。
ガレスは半歩引き、手首を掴むと、相手の勢いを利用して壁へ肩から叩きつけた。
もう一人の棍棒が横から来る。
頭を下げ、脇腹へ一発受けながら距離を詰めた。
短剣の柄で顎を打つ。
男がよろめく。
最初の男が刃を拾おうとする前に、ガレスは足の甲を踏み抜き、喉元へ短剣を当てた。
「誰に雇われた」
「市場の警備だ」
「市場の警備が、捨てた箱を守るのか」
「知らない」
「では、誰から俺を見張れと言われた」
男は答えない。
遠くで笛が鳴った。
仲間を呼ぶ合図。
ガレスは男を殺さず、喉元から刃を外した。
「次は足では済まさない」
相手を突き放し、裏路地へ走る。
脇腹が痛む。
棍棒を受けた場所は、息を吸うたびに鈍く響いた。
それでも足は止めなかった。
鐘が二つ鳴るまでには戻る。
そう約束した。




