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第九十五部 生きる場所を選ぶ者と、生きて戻る方法を探す者の話 ④ 焼け残った記録小屋と、掛け直された板

 話し合いが終わると、レイラは焼け残った記録小屋へ入った。


 机の上には、新しい紙が一枚だけ置かれている。


「題名は、どうする」


 テオが炭筆を差し出した。


「帰還者名簿では、すでに帰れた方だけの記録へ見えます」


「外にいる者も含めたい?」


「はい。帰ろうとしている方、連れ去られた方、家族を探している方も」


「長い名前になりそうだね」


「短くできますか」


「名前の記録」


「そのままです」


「分かりやすいだろう」


「名なんて、あとで変えればいい」


 外からネリスが口を挟む。


「まず、決めたことを書きな」


 レイラは最初の頁へ、六つの方針を書いた。


 一、保護区画を守る。


 二、盗まれた名簿と複写の行方を追う。


 三、カロ・ディーノと名簿の買い手を探す。


 四、オーランド、ヴェスタリア、カラベルへ続く人身売買の仕組みを明らかにする。


 五、カランへ連れ去られた者を探し、救出する。


 六、血や正式な文書だけで、帰る権利を決めない。


「ずいぶん多いね」


 テオが言う。


「減らしますか」


「減らせる?」


 レイラは六つの文を読み返した。


「減らせません」


「では、このままだ」


「全部できますか」


「全部は無理かもしれない」


「テオまで」


「嘘を言ってほしい?」


「いいえ」


「一つずつだよ」


 レイラは頷き、紙の下へ自分の名前を書いた。


 レイラ・ヴァン・リュカリオン。


 王位を求めるためではない。


 失った国だけを取り戻すためでも、兄を探すためだけでもない。


 自分がここへ残ると決めた証しとして、その名を記した。


「殿下」


 リューリックが呼ぶ。


「何ですか」


「御自身のお名前を、御自身の判断のためにお使いになったのは、初めてのように思えました」


 王女の名、亡国の名、レオンの妹であることを示す名。


 これまでは、誰かから与えられた責任のように感じていた。


「そうかもしれません」


「レオン殿下にお会いになった時、御話しすることが増えましたね」


「たくさんあります」


「すべてお聞きくださるでしょうか」


「逃げようとなされば、私が止めます」


「兄様を?」


「必要であれば」


「勝てますか」


「難しいかと存じます」


「では、どうしますか」


「皆で止めます」


 一人ではなく、皆で。


 その言葉が、以前より自然に胸へ入った。


「リューリック」


「はい」


「あなたは、ここへ残りますか」


「無論でございます」


「騎士として、私に従うから?」


「それもございます」


「それだけですか」


 リューリックは膝をつこうとしたが、レイラが腕を掴んで止めた。


「立ったままで答えてください」


「なぜでございましょう」


「いまは命令を聞くのではありません。あなた自身が、どうしたいのかを伺っています」


 リューリックはゆっくり姿勢を戻した。


「私は、レオン殿下の代わりとして、あなたをお守りしているのではございません」


 レイラの指が僅かに動く。


「かつて御命を託されたことは事実です。ですが、いま私がここへ残るのは、レイラ殿下御自身が選ばれた道を、私も支えたいと望んでいるからでございます」


「私が兄様の妹だからではなく?」


「はい」


「亡国の王女だからでもなく?」


「はい」


 リューリックは、レイラを真っ直ぐ見つめた。


「あなたが、レイラ殿下であるからです」


 レイラの頬へ熱が上がる。


 発熱だけではない。


「そうですか」


「はい」


「では、これからもお願いします」


「御意」


「いまは命令ではありません」


「失礼いたしました」


 リューリックは言い直す。


「こちらこそ、お願いいたします」


 窓の外で、エルナがルーウェンへ何か囁いた。


 二人とも、こちらを見ている。


「聞こえていましたか」


「森人の耳はよいので」


 エルナが答える。


「忘れてください」


「承知いたしかねます」


 レイラの周りには、忘れない者ばかりが増えていた。



 ◇


 集落の入口へ、焼けた板が掛け直された。


 表には、子どもたちの文字で。


 ――ここにいる。


 裏には、フィン・アレドの名と。


 ――ここにいた。


 ここは正式な村でも、国でもない。


 仮の小屋、焼けた食料庫、足りない薬、十分ではない見張りしかない場所だった。


 それでも、残ると選んだ者は屋根を直し、出ると選んだ者のためには荷車が用意されている。


 ここへいることも、ここから出ることも、自分で決められる。


 その場所を守るために。


 レイラは、自分の名を最初の紙へ残した。



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