第九十五部 生きる場所を選ぶ者と、生きて戻る方法を探す者の話 ② 焼け残った炊事場の前の議会と、兄はどうするという問い
見送りが終わったあと、森議会は円堂ではなく、焼け残った炊事場の前で開かれた。
焦げた食料庫、崩れた記録小屋、血を洗った跡を見ながら、昨夜までと同じ言葉だけを並べることはできない。
サリエル、ガルム、ドルン、ネリス、外縁集落の代表者たちが輪を作り、その後ろには帰還者も残っていた。
「南の道を閉じるべきだ」
最初に発言したのは、外縁集落の年長者だった。
「名簿を奪われ、鍵の型を渡した者まで出て、保護区画が襲われた。次は外縁集落そのものが焼かれる」
「閉じれば、外に残された者は帰れない」
別の森人が言う。
「いま中にいる者を守る方が先だ」
「外にいる者は、森人ではないのか」
「人間と暮らし、混血の子を持った者まで、すべて受け入れる余裕はない」
「人間の家族は出すべきだ」
トーマの肩が動き、エナが服を強く掴んだ。
「王女も森を出すべきだ」
今度は帰還者たちの間にざわめきが広がる。
「王女が来てから、森の外の者が動き始めた。白い羽根、王家の血、古い誓約、どれも外から持ち込まれた争いだ」
レイラは口を挟まず、反対意見を最後まで聞いた。
自分が来たことで危険が増えたという指摘は、完全な誤りではない。
レイラの名を旗にしたい者も、その血を利用したい者もいる。亡国の王女を殺すことで利益を得る者や、金色の糸を手に入れようとする者も、いずれ現れるだろう。
しかし、レイラが森を去れば、すべてが以前の状態へ戻るわけではなかった。
「レイラ」
サリエルが呼んだ。
「お前の言葉を聞く」
レイラはリューリックへ一度だけ目を向ける。
彼は何も言わず、静かに頷いた。
「私が来たため、森へ危険が増えたという御意見は否定いたしません」
「ならば出ていけ」
年長者が言った。
「ですが、私が出ていけば、すべての危険が消えるのでしょうか」
「少なくとも、王女を狙う者は来なくなる」
「帰還者を連れ戻したい者は?」
レイラは問い返す。
「盗まれた名簿に書かれた証人を消したい者、家族を人質にしたい者、人を再び商品へ戻したい者も来なくなりますか」
年長者は答えない。
「トーマさんが森を出ても、エナが混血であることは消えません。南の道を閉じても、森の外へ連れ去られた方が、最初からいなかったことにはできません」
「だから、森がすべてを背負えと言うのか」
「いいえ」
レイラは首を横へ振った。
「森だけへ背負わせません。私も、この場所に残って責任を負います」
「王女として命じるのか」
「命じません」
「北エルフの血が認められたから、残るのか」
「それも違います」
レイラは胸元の白い羽根へ触れた。
「血は、私が森へ入る扉を開いたのかもしれません。ですが、残る理由まで血へ決めてもらうつもりはありません」
名を選び直した老女、家族を探すハルト、エナとトーマ、子どもたちを守ったセド。
外から帰りながら、森の中でも居場所を問われている者たちがいる。
「ここで、守りたい方ができたから残ります」
◇
「兄は、どうする」
ドルンが尋ねた。
「お前は兄を探すために、ここまで来たのだろう」
「はい」
「兄より、この場所を選ぶのか」
その問いにだけは、すぐに答えられなかった。
レオンに会いたい。
無事であることを確かめ、なぜ自分を残して消えたのか問い詰めたい。二度と一人でいなくならないと約束させ、できることなら自分の手で抱き締めたい。
「兄様を諦めるつもりはありません」
「なら、東へ行け」
「以前の私は、兄様を見つけなければ、自分が生き残った意味はないと思っていました」
国を失い、家族を失い、王女として何をすべきかも分からなかった。レオンを探すことだけが、生きて歩くための理由になっていた。
「ですが、兄様を探すことだけを、私が生きる理由にはいたしません」
「兄を探さず、ここへ残るのか」
「いまは、ここへ残ります」
「兄が危険でも?」
胸が痛んだ。
レオンが危険の外にいると考えられる理由など、何一つない。
「兄様なら、目の前で助けを求める方を置いて、自分だけを探せとは言わないと思います」
「想像だ」
「はい」
「兄が、本当にそう望むかは分からない」
「分かりません」
レイラは認めた。
「だから、兄様ならどうするかではなく、私がどうしたいかで決めます」
兄のため。
王国のため。
血のため。
それらを、自分で選ぶことから逃げる理由にはしない。
「私は、ここへ残ります」
今度は、はっきりと告げた。
「保護区画を守り、盗まれた名簿と複写の行方を追います。カロ・ディーノを探し、人を売る者、運ぶ者、正しい書類へ書き換える者が、どこでつながっているのかを突き止めます」
テオが卓上へ紙を置き、レイラの言葉を書き始めた。
「続けてください」
レイラは頷く。
「オーランド、ヴェスタリア、カラベルへ続く人身売買の流れを調べます。カランへ連れ去られた方々を探し、森へ戻ろうとする方の道を守ります」
最後に、森議会の者たちを見る。
「そして、人間と暮らしたから、血が薄いから、正式な紙がないからという理由だけで、帰る権利を奪うことには反対します」
「森の内側にも敵を作るつもりか」
年長者が言った。
「敵を作りたいわけではありません」
「反対すれば、争いになる」
「はい。それでも、外の者だけを追って、森の中の問題を見なかったことにはできません」
「王女の理想だ」
「そうかもしれません」
「また失敗すれば、人が死ぬ」
白い布に包まれたフィンの姿が浮かぶ。
「はい」
「それでも続けるのか」
「続けます」
「死者を軽く見るのか!」
「違います」
レイラの声が強くなる。
「亡くなった方を、私が次に何もしないための理由へ使いたくありません」
フィンは、紙より先に人を守れと言った。
その言葉を、道を閉じるための言葉へ変えることはできない。
「怖いです。また守れないかもしれません。昨夜も私は、剣を一度受けただけで腕が動かなくなり、リューリックが来なければ殺されていました」
「それでも、剣を取った」
ドルンが言う。
「背後に人がいましたから」
「今後も取るのか」
「必要であれば」
「お前が倒れれば、守る者が増える」
「それも、昨夜よく分かりました」
「本当に?」
「分かろうとしています」
ドルンが深く息を吐く。
「まだ、その言葉を使うのか」
「分からないことが、まだ多いので」
帰還者の一人から、小さな笑いが漏れた。
続いて別の者も息を吐き、張り詰めていた空気へ、ようやく人が呼吸を取り戻すための隙間が生まれた。




