第九十四部 王女は、帰る場所を守るために剣を取る話 ③ 南西北からの攻撃と、重かった剣
攻撃は南、西、北の三方向から行われていた。
南側では網を持つ者が帰還者を連れ去ろうとし、西側では火矢を放つ者が食料や記録を焼こうとしている。北側には、子どもたちの避難路を探す弓使いが回り込んでいた。
誰が、どこへ逃げるのかまで、敵はある程度知っている。
「内部に、まだ道を教えた者がいます」
テオが言った。
「なぜそう思う」
サリエルが尋ねる。
「食料庫を燃やし、石造りの治療小屋は避け、子どもが使える排水路へ二人回している。盗まれた名簿に道までは書いていません」
その時、治療小屋の扉が開き、一人の若い夜番が壁へ手をつきながら外へ出てきた。
顔色は青白く、腹部を押さえた指の間から血が流れている。
「戻りな!」
ネリスが追ってくる。
「その傷で動いたら、腹が開くよ!」
「違う」
夜番は息を切らしながら、首を横へ振った。
「俺が、鍵の型を渡した」
サリエルの目が細くなる。
「何を言っている」
「弟がカラン側で捕まっている。名簿を渡せば、返すと言われた」
「誰に」
「顔は――」
答えが終わる前に、森の暗がりから矢が飛んだ。
「伏せろ!」
ドルンの声が響く。
矢は夜番の胸を狙っていた。リューリックが駆けても間に合わない距離だった。
レイラは反射的に手を伸ばした。
だが、矢と夜番の間には、金色の糸が現れなかった。そこには緩める縄も、支える手も、引き寄せられる既存のつながりもない。
「駄目!」
矢は胸をわずかに外れ、夜番の肩へ突き刺さった。
身体が後ろへ倒れ、ネリスが受け止める。
「中へ運ぶよ!」
「口を封じるつもりです」
レイラが言った。
名簿を盗ませた相手は、協力者でさえ用が済めば消すつもりだった。
「治療小屋を守れ!」
サリエルが命じる。
「この者は、森議会が話を聞く!」
その声に反応するように、治療小屋の裏から人影が現れた。
最初から、内部協力者を殺すために潜んでいた男だった。短剣を逆手へ持ち、負傷した夜番とネリスへ真っ直ぐ近づいてくる。
ネリスが夜番を庇う。
レイラの足元には、先ほど倒された警護役の剣が落ちていた。
考えるより先に、拾い上げていた。
◇
剣は重かった。
王宮で扱った儀礼用の細剣とは違い、刃には厚みがあり、すでに誰かの血が付いている。
「退け」
男が言った。
レイラは治療小屋の入口へ立った。
背後にはネリスと負傷した夜番、そして武器を持てない患者たちがいる。
「退きません」
「お前を殺す依頼ではない」
「では、誰を殺す依頼ですか」
「関係ない」
「ならば、なおさら通せません」
男はレイラの顔を見たあと、白い羽根が収められた胸元へ目を落とした。
「亡国の王女が、他人の森で何を守る」
嘲るような声だった。
レイラの手は震えていた。
剣が重いからだけではない。目の前の男は人を殺すための技術を持っており、レイラはまだ、一度も人を斬ったことがない。
「ここは、私の国ではありません」
「なら退け」
「それでも」
両手で柄を握り直す。
「ここへ帰ろうとした人を、私は守ります」
男の笑みが消えた。
「守れるのか」
「分かりません」
「王女が、それを言うか」
「分からなくても、あなたを通してよい理由にはなりません」
男が踏み込んだ。
速い。
横から迫る短剣を目で追うこともできず、身体が王宮で教わった形だけを思い出す。
剣を斜めへ上げると、激しい金属音とともに腕から肩へ衝撃が走った。指が開き掛け、剣を落としそうになる。
二撃目は受けられない。
そう思った瞬間、別の剣が短剣を下から弾き上げた。
「殿下へ二度、刃を向けることは許しません」
リューリックの声は静かだった。
静かすぎるほどに。
男が後ろへ下がると、リューリックは一歩で距離を詰めた。剣の峰で手首を打ち、短剣を落とさせたあと、膝裏を蹴って地面へ伏せさせる。
「縛ってください」
警護役へ命じてから、レイラへ向き直った。
「お怪我は」
「ありません。腕が少し痺れているだけです」
「剣をお渡しください」
「まだ敵が」
「この者は拘束されました」
「ほかにもいます」
「私がおります」
レイラが剣を離そうとしないため、リューリックは正面から目を合わせた。
「剣を取られたことを責めているのではございません」
「では、何を」
「お一人で、その場へ立たれたことを申し上げております」
「時間がありませんでした」
「承知しております。次は、私を呼んでください」
「間に合わない時は?」
「呼びながら、お下がりください」
「難しいですね」
「実行してください」
ニーナがよく使う言葉を、リューリックが口にする。
レイラは短く息を吐き、剣を渡した。
「努力します」
「実行でございます」
「……実行します」




