第九十三部 帰還者の名簿は、宝石より高く売れる話 ③ 直した小屋と、名簿を保管する小屋
夕方までに、屋根を直した小屋が七棟、床板を替えた小屋が四棟、炊事場が一つ、薬草と包帯を置く治療小屋が一つ出来上がった。
子どもたちは入口の板へ字を書いた。
セドが手伝ったため、文字の大きさも並びも揃っていない。
――ここにいる。
それだけだった。
「集落の名前ですか」
レイラが尋ねる。
「違う」
セドが答えた。
「何の札です?」
「いなくなってないって分かる札」
「誰に?」
「帰ってくる人に」
レイラは歪んだ文字を見た。
仮住まいであり、正式な村ではない。森の民として認められた者だけが住む場所でもなく、明日また誰かが外へ出される可能性もある。
それでも今日、ここへいる。
「よい札だと思います」
「字、曲がってるけど」
「読めます」
「本当に?」
「はい」
「王女様、酒が残ってない?」
「残っていません」
「では、信用する」
かなり失礼だったが、レイラは笑った。
◇
最初の夕食は、修繕した炊事場の前で取った。
豆の煮込み、茸、森の硬いパン、外から来た者のために塩を少し多くした魚。豪華ではなく、椅子も足りず、皿の数さえ揃っていない。
それでも家族は分けられず、名前を決められない者へ勝手な名は付けられず、薬を必要とする者は盗人や麻薬中毒者ではなく、治療を必要とする者として別の記録へ書かれた。
人間の養父は森人の娘と同じ火のそばに座り、セドと子どもたちは自分たちで書いた札の下へいる。
ここにいる。
風が吹くと板は少し揺れたが、落ちなかった。
「王女様」
以前からレイラへ菓子を求めている少女が隣へ座った。
「今日も、お菓子はない?」
「ありません」
「毎日ないね」
「申し訳ありません」
「王女様、何ならあるの?」
レイラは、すぐには答えられなかった。
国も城も軍も財宝もなく、菓子もない。
それでも今日一日で屋根を直し、紙へ名前を残し、家族を同じ火の近くへ置いた。
「いまは、空いている小屋が七棟あります」
「お菓子より多い?」
「はい」
「食べられない」
「雨は防げます」
少女は少し考えた。
「では、今日はそれでいい」
「今日だけですか」
「明日はお菓子」
「努力します」
「約束?」
「努力です」
「同じだよ」
森の子どもは、本当に百年でも覚えているのかもしれなかった。
◇
食事が終わったあと、テオは名簿を保管する小屋へ入った。
外側にはガルムが選んだ警護役が二人立ち、紙は三種類へ分けられている。
名前と家族。
治療。
移動と通過経路。
同じ場所へ置けば、一冊盗まれただけで人のすべてが知られるため、名前の記録は集落中央、治療記録はネリス、移動経路はガルムの警護所へ置く。
「これで十分ですか」
レイラが尋ねる。
「十分な保管はないよ。紙は燃え、濡れ、盗まれ、書き換えられる」
「では」
「なくなった時、誰が気付くかを決める」
テオは一冊目の名簿をレイラへ渡した。
「頁数を覚えて」
「すべて?」
「百二十一頁」
「覚えました」
「本当に?」
「森で、その問いを使う方が増えています」
「便利だからね」
次に小さな糸を綴じ紐へ結ぶ。
「この結び方を覚えて」
「普通の結び方に見えます」
「最後だけ逆だ」
「なぜ」
「開けば戻しにくい」
「同じように結べば」
「この糸は僕が持ってきたもので、森の麻糸とは撚り方が違う」
「盗んだ方が別の糸へ替えれば?」
「替えたと分かる」
「同じ糸を用意したら」
「そこまで準備した者なら、鍵だけでは止められない」
テオは名簿を見た。
「この紙は、それほど価値がありますか」
レイラが表紙へ手を置く。
「宝石より高い」
テオは迷わず答えた。
「宝石は持っている者から一度盗めば終わりで、買う者も限られる。だが、この名簿は違う」
中には帰還者の名、家族、生まれた場所、最後にいた港、見たもの、乗せられた船、探している相手が記されている。
「逃げた者を連れ戻したい奴、証人を消したい奴、家族を人質にしたい奴、失踪者を探す者へも売れる」
「同じ紙を?」
「何度でも」
宝石は一人の持ち物になるが、名前は持ち主が生きている限り、何度でも使える。
「だから、名前を守ることは人を守ることと同じだ」
レイラは頷いた。
この時は確かに、分かっているつもりだった。




