第九十二部 血が扉を開いても、残る理由までは決めない話 ③ 綺麗な話だという一言と、サリエルの立場
「綺麗な話だ」
ドルンが言った。
褒めてはいない。
「だが、規則は綺麗な一例だけでは作れない。同じ話をする間諜が現れたら、どうする」
「確認します」
「何を」
「本人たちへ別々に話を聞きます。出会った時期、暮らした場所、互いしか知らないこと」
「口裏を合わせられる」
テオが口を開いた。
「合わせられるね」
「テオ殿」
レイラが彼を見る。
「ただし、口裏を合わせられるからといって、聞かない理由にはならない」
テオは卓上へ白い紙を一枚置いた。
「受入れ記録へ、家族か他人かの二つしか欄がないことが問題だ」
「どういう意味だ」
書記が尋ねる。
「確認中という欄を作ればいい。本人たちは家族だと申告しているが、森側は確認を終えていない。それなら、そのまま記録する」
テオは紙へ文字を書く。
申告上の家族。
確認中。
分離不可。
行動範囲制限。
「疑うことと、引き離すことは同じではない。確認が終わるまで同じ場所へ置き、監視が必要なら付ける。逃亡を防ぐ必要があれば、移動を制限すればよい」
「それでは人手が掛かる」
ガルムが言う。
「家族を離した結果、少女が逃げたり食事を取らなくなったりすれば、もっと人手が掛かる」
ネリスが答えた。
「この子を診たのは私ではないが、昨日から父親の服を離していない。引き離せば、熱を出すかもしれないね」
「医療上の意見か」
「年寄りの経験だよ」
「記録へは」
「両方書きな」
ガルムはトーマを見る。
「行動範囲を制限されてもよいか」
「ああ」
「毎日、所在を確認する」
「構わない」
「森道を一人で歩くことを禁じる」
「歩かない」
「武器は預かる」
「もう渡した」
「確認が終わるまで、数か月掛かる可能性もある」
トーマは一度だけエナを見る。
「一緒なら待つ」
エナも頷いた。
◇
「サリエル」
ドルンが言う。
「前例になる」
「なるだろう」
「人間の配偶者、養親、混血の子。今後、同じ者が増える」
「外で生きる森人がいる限り、増える」
「森は、すべてを受け入れられない」
「受け入れられないからといって、考えずに捨てることもできない」
サリエルの声は変わらない。
感情だけで決めず、規則の陰にも隠れない。
「今回の二人は、申告上の家族として保護区画へ入れる。確認が終わるまで分離せず、トーマの移動範囲は外縁集落と南境の待機所に限る。森道を歩く時は警護を付ける」
書記の筆が動く。
「同時に、帰還者を受け入れる際、家族関係を血縁と正式文書だけで判断してはならない。本人の申告と生活の記録も確認する」
「生活の記録?」
「テオの言葉を使えばよい」
サリエルは卓上の紙を見る。
「確認中だ」
テオが少しだけ笑った。
「便利な欄だよ」
「便利すぎる紙は、誰かを殺すのではなかったか」
ルーウェンが言う。
「だから、本人の顔も見る。紙だけに決めさせないための欄だ」
エナは決定をすぐには理解できなかったらしく、トーマの顔を見る。
「父さんも?」
「ああ」
「一緒?」
「ああ」
ようやく服を掴んでいた指が少し緩んだ。
ただし、離しはしなかった。




