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第九十部 一度通った森は、同じ顔で迎えない話 ④ 小さな入口という結論と、待機所の夕食

 事情を聞く場が終わると。


 サリエルは待機所の者たちへ、今夜の食事を増やすよう指示した。


 正式な帰還は、まだ認められていない。


 それでも。


 空腹のまま、答えを待たせる理由はなかった。


 ネリスは治療小屋へ向かい。


 ガルムは南境の警備を組み直すため外へ出た。


 ドルンは、最後まで卓上の白い羽根を見ていた。


「ドルンさん」


 レイラが呼ぶ。


「何だ」


「先ほどの話を」


「どれだ」


「森を閉じるべきだという話です」


「撤回はしない」


「はい」


 レイラは答えた。


「撤回してほしいと言うつもりはありません」


「では」


「なぜ、そう思うのかを、もう少し聞かせてください」


 ドルンの左腕。


 古い火傷痕。


 母ミレア。


 帰れなかった二十三人。


「聞いて、どうする」


「分かろうとします」


「分かったつもりになるだけでは」


「その時は、もう一度聞きます」


 ドルンは、すぐには答えなかった。


 やがて。


「今夜は話さない」


「分かりました」


「明日だ」


 レイラは顔を上げる。


「よいのですか」


「戻ってきた理由を聞く前に、追い返したとは言われたくない」


 それだけ言い。


 ドルンは部屋を出た。


 許されたわけではない。


 信じられたわけでも。


 だが。


 話は、明日へ続く。


 以前の森議会で。


 レイラが求めたのも。


 その程度の入口だった。



 ◇


 夕食は、待機所の広い炊事場で取ることになった。


 豆と茸の煮込み。


 焼いた木の実。


 香草を混ぜた平たいパン。


 干した果実。


 避難者たちは、最初は周囲を警戒しながら食べていた。


 やがて。


 子どもが二杯目の粥を求め。


 老人が煮込みの塩気へ文句を言い。


 誰かが、久しぶりに温かいものを食べたと泣いた。


 追手が来ない夜。


 火を隠さなくてよい食事。


 それだけで。


 少しずつ、人の顔へ戻っていく。


 セドは、森の子どもたちに囲まれていた。


「外のお菓子、持ってる?」


「持ってない」


「王女様と一緒なのに?」


「王女も持ってない」


「本当に王女様?」


「それは本当」


「役に立たないね」


「王女へ言って」


「言ったことある」


 レイラは、少し離れた場所からその会話を聞いた。


「私は、何度同じことを言われるのでしょう」


 ルーウェンが答える。


「森の子どもは、百年でも覚えている」


「それは、あなたが手紙を三通しか出さなかったことと関係がありますか」


「ない」


「あるよ」


 ネリスが、治療小屋から戻りながら言った。


「明日の晩は、外縁集落で食事の席を設ける」


「必要ない」


 ルーウェンが即答する。


「お前には聞いていない」


「誰を迎える席だ」


「帰ってきた者たちと」


 ネリスはルーウェンを見る。


「一度帰ったあと、また森へ戻ってきた、面倒な奴を迎える席だよ」


「私は、すでに帰還した」


「そのあと、また出た」


「用があった」


「今度は、どのくらい森にいる」


 ルーウェンは答えなかった。


 レイラは。


 その沈黙の意味を考えた。


 百年近く戻らなかった男。


 一度帰り。


 また外へ出て。


 今度は避難者を連れて戻った。


 歓迎されている。


 同時に。


 責められている。


 帰る場所とは。


 何も言わず受け入れてくれる場所ではないのかもしれない。


 戻らなかったことを怒り。


 勝手にいなくなったことを責め。


 それでも。


 食事の席を用意する。


「酒も出すからね」


 ネリスが言った。


「私は飲まない」


 ルーウェンが答える。


「お前のためだけではないよ」


「では、誰の」


 ネリスの視線が。


 一瞬だけレイラへ向いた。


「帰ってきた者、皆のためさ」


 レイラは、その意味を深く考えなかった。


 森の酒が。


 人間の酒とは違うことも。


 色の似た甘い飲み物が、同じ卓へ並ぶことも。


 まだ、知らなかった。



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