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第九十部 一度通った森は、同じ顔で迎えない話 ③ 事情を聞く場と、その方がよいという答え

 事情を聞く場は。


 南境の見張り小屋に設けられた。


 森議会の円堂ではない。


 広い部屋でもない。


 長机を囲むだけで、ほとんどの椅子が埋まった。


 レイラ。


 ルーウェン。


 リューリック。


 テオ。


 セド。


 エルナ。


 向かい側に。


 サリエル。


 ネリス。


 ドルン。


 ガルム。


 書記。


 最初に、エルナとガルムが道中と南境の状況を確認した。


 続いて。


 テオが、リヴェンとオーランドで得た情報を説明する。


「帰還者が襲われたのは、一度ではない」


 卓上へ、複数の紙を並べる。


「移動日と人数を知っている者がいる。帰還者を偶然見つけているのではなく、待っている可能性が高い」


「森の中から情報が出ていると?」


 ドルンが尋ねる。


「可能性はある」


 テオは答えた。


「ただし、森の者だけでは、オーランドやリヴェンの宿駅まで追えない。外にも協力者がいる」


「便利な話だな」


「何がだい」


「人間側にも森側にも責任があると言えば、誰も自分だけを責められずに済む」


 テオの表情は変わらなかった。


「僕は、人間の港でも同じ話をした」


「同じ?」


「一人では作れない悪事ほど、関わった全員が、自分の責任は小さいと言う」


 ドルンは黙った。


 自分の母ミレアが、王国の避難民を助けるため森を出て。


 リュカリオン側に道を閉じられ、帰れなかったことを知っている。


 外と内の両方が関わるという話を。


 簡単に否定できる人物ではなかった。


「戻る道を閉じるべきだ」


 ドルンは言った。


「少なくとも、内通者が見つかるまでは」


「外にいる者はどうなる」


 ネリスが聞く。


「森全体が危険へ晒されれば、中にいる者も帰れない」


「閉じれば、外にいる者は捕まる」


「開ければ、カランの兵が入る」


 二人の間へ、重い沈黙が落ちる。


 どちらも。


 守ろうとしているものが違うだけだった。


「護衛を付けて、帰還路を残す」


 ガルムが言った。


「道を一つに固定せず、交代させる。案内役も、出発直前まで知らせない」


「警護役が足りない」


 ドルンが返す。


「増やす」


「南は戦場だ」


「知っている」


「北から回せば、北が薄くなる」


「それも知っている」


 簡単な答えはなかった。


 書記が、卓上の白い羽根を見る。


「古い誓約を公に使う方法もある」


 部屋の空気が変わった。


「どういう意味ですか」


 レイラが尋ねる。


「リュカリオン王家の白い羽根は、森が話を聞くための印だ」


「はい」


「王家の生存者がシルヴァスとともに帰還路を守ると公表すれば、森の内外へ強い意味を持つ」


「レイラを旗にするのか」


 ルーウェンが言った。


「旗ではない。古い誓約の継承者だ」


「同じことだ」


「違う」


「外から見れば同じだ」


 レイラは、二人の言葉を聞きながら。


 白い羽根を見た。


 自分が名乗った時。


 森は道を開いた。


 だが。


 助けるとは、まだ言っていなかった。


 羽根を掲げれば。


 帰還を望む者へ、希望を与えられるかもしれない。


 同時に。


 敵へも。


 誰を狙えばよいのか教える。


「私の名を使えば」


 レイラは言った。


「人が集まります」


「そうだ」


 書記が頷く。


「敵も集まります」


「守ればよい」


「誰が死ぬのですか」


 書記の返事が止まった。


 以前。


 森議会で訊かれた。


 王国を取り戻すなら、誰を戦わせるのか。


 誰が死ぬのか。


 同じ問いを。


 いまは自分が返している。


「私は、王家の名を捨てません」


 レイラは続けた。


「ですが、私の名を使えば、すべてが解決するとも思いません」


「なら、何のために白い羽根を持っている」


 ドルンが尋ねた。


 責める声だった。


 だが。


 以前とまったく同じ敵意ではない。


「話を聞いていただくためです」


「また、それか」


「はい」


 レイラは答えた。


「白い羽根は、命令書ではありません」


 ルーウェンから教えられた言葉。


「森へ声を聞かせるための印です」


「何を聞かせる」


「帰ろうとしている方がいることを」


 待機所の方角を見る。


「森へ戻りたい方が、道の途中で奪われていることを。血のつながらない家族も一緒に戻ろうとしていることを。名を言えない方にも、名前があることを」


 フィア。


 セラフィナ。


 エナ。


 トーマ。


 いままで出会った者の顔が浮かぶ。


「森を開いてくださいと、命じるつもりはありません」


 レイラは言った。


「閉じないでくださいとも、簡単には言えません。ここで暮らす方を危険へ晒すからです」


「では、結局、何を望む」


 サリエルが問う。


「一緒に考えてください」


 答えた。


「帰る道を守る方法を」


 サリエルは。


 しばらくレイラを見た。


「王女らしくない答えだな」


「以前も言われました」


「不満か」


「いいえ」


 レイラは首を横へ振った。


「最近は、その方がよいのかもしれないと思っています」



 ◇


 結論は。


 その場では出なかった。


 森の道を開き続ける者。


 内通者が見つかるまで閉じるべきだと考える者。


 白い羽根とリュカリオン王家の名を、帰還者を集める象徴へ使おうとする者。


 どの意見にも。


 守ろうとしているものがあった。


 同時に。


 都合よく利用しようとする思惑もあった。


 サリエルは、全員の言葉を聞き終えたあと。


 短く命じた。


「南境の道は、今夜は閉じない」


 ドルンが顔を上げる。


「ただし、案内なしの通行を禁じる。帰還希望者は、一度この待機所へ集める。家族は、本人の話を聞く前に分けない」


 トーマとエナのことだった。


「白い羽根と古い誓約については、記録を開く」


 書記が頷く。


「北部の記録庫から、原本を運ばせる」


「原本?」


 レイラが尋ねた。


「前回、お前へ見せたものは写しだ」


 サリエルが答える。


「原本には、まだ我々も読み切れていない部分がある」


「それは」


「見てから話す」


 サリエルは、それ以上説明しなかった。


「ルーウェン」


「何だ」


「お前の徽章も持ってこい」


 ルーウェンの手が、腰元へ触れる。


 白金色の古い徽章。


「なぜだ」


「原本の印と照合する」


「私物だ」


「元は森の物だ」


「百年近く持っていた」


「九十七年と四か月だ」


 エルナが静かに訂正した。


 ルーウェンが、そちらを見る。


「お前まで言うのか」


「事実です」


「皆、時間へ細かすぎる」


「三通しか手紙を書かなかった人が言わないでください」


「いまは、手紙の話ではない」


「百年近く帰らなかった話です」


「それも、いま話す必要は」


「あるよ」


 ネリスが杖を床へ打ち付けた。


「帰還者を迎える前に、まず一人、帰ってきたまま謝っていない奴がいる」


「前回、話しただろう」


「足りない」


「何を言えば足りる」


「それを自分で考えな」


 ルーウェンは。


 明らかに、議会で責められていた時より困った顔をした。


 レイラは。


 笑ってよいか迷い。


 結局、少しだけ笑った。


「笑っているな」


「いいえ」


「口元が動いている」


「森では、見えないと思って笑わない方がよいのでしょう」


 以前。


 自分が使った言葉を返す。


 エルナの口元も、ほんの僅かに動いた。



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