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第八十三部 守りたい相手は、ひとりではない話 ③ 四人の襲撃者と、同じ馬車へ乗る者になった三人

 襲撃者は四人だった。


 一人は林へ逃げた。


 二人は意識を失っている。


 残る一人は。


 ニーナが薬草粉を投げ付けた男。


 両手を鎖で縛られ、小屋の壁へ座らされている。


 ニーナは。


 その男の手の甲から、ガレスの短剣を抜いた。


「何をしている」


 ガレスが尋ねる。


「傷を洗う」


「そいつは、お前を殺そうとした」


「知ってる」


「なら」


「傷は傷」


 ニーナは湯を使い、傷口を洗う。


 男が顔を歪めた。


「痛い?」


「……誰が、お前に」


「痛いか聞いた」


「痛い」


「最初から言って」


 ガレスが。


 深く息を吐いた。


「敵にも同じなのか」


「傷へは」


「甘すぎる」


「ガレスの傷も診た」


「俺は」


「レオンを売ろうとした」


「まだ諦めたとは」


 ガレスは、そこで言葉を止めた。


 ニーナが顔を上げる。


「諦めてないの?」


 ガレスは。


 縛られた敵。


 レオン。


 ニーナ。


 順番に見た。


 自分を殺すつもりだった依頼主。


 帰れないよう仕組まれた契約。


 娘のために欲しかった金貨千枚。


 そして。


 いま自分の傷を縫い。


 襲ってきた者の傷まで洗っている娘。


「保留だ」


「保留?」


「少なくとも、旧砦へ運ぶ話は終わりだ」


「金貨千枚は」


 レオンが尋ねる。


「まだ惜しい」


「正直だな」


「だが」


 ガレスは、自分の剣を鞘へ納めた。


「お前を引き渡せば、娘へ帰れない可能性の方が高い」


「合理的な判断?」


「そういうことにしておけ」


 ニーナが、少しだけ笑う。


「患者一号、改善」


「何が」


「生存への意欲」


「そこか」


「大事」


 敵の男が。


 乾いた笑いを漏らした。


「馬鹿な連中だ」


「何が」


 レオンが尋ねる。


「賞金首狩りが王印を守り、治療者が敵を治す。誰も金を取れない」


「お前たちは取れるのか」


「回収すればな」


「どこへ運ぶ」


「言うと思うか」


 レオンは、男の正面へしゃがんだ。


 軽い笑みはない。


「灰橋倉か」


 男の瞳が。


 ほんの僅かに動いた。


「旧砦は受け渡し場所ではない」


 レオンが続ける。


「運び手を消し、俺だけを別の者へ渡す場所だ。その後は?」


 男は答えない。


「次の橋」


 ニーナが言った。


 道標の紙。


搬送一。治療者一。王印一。次の橋で回収。


「どの橋?」


 男は黙る。


 ガレスが剣へ手を掛ける。


 ニーナが、すぐに睨んだ。


「脅さない」


「話さないぞ」


「だからって斬らない」


「ではどうする」


 ニーナは。


 男の包帯を結び終える。


「この人も連れていく」


「何?」


 男とガレスの声が重なった。


「置いていけば、逃げた人が戻ってくるかもしれない。殺すのは駄目。なら連れていく」


「馬車へ敵を乗せるのか」


「患者三号」


「増やすな!」


 ガレスが叫ぶ。


 レオンは。


 思わず笑った。


「よかったな」


「何が」


「お前は一号のままだ」


「嬉しくない!」


 縛られた男が、理解できないものを見る顔をしている。


「お前たち、本当に何なんだ」


 レオンが答えた。


「俺も最近、分からなくなった」



 ◇


 馬車へ戻る前。


 ニーナは小屋の裏で、自分の腕を洗っていた。


 切られた傷は浅い。


 だが。


 袖は大きく裂けている。


 血と薬草の粉で。


 皮膚が汚れていた。


 レオンが近づく。


「見せろ」


「自分でできる」


「どこかで聞いたな」


「私は医療者」


「いまは患者だ」


「さっき覚えた言葉を、得意そうに使わないで」


「腕を」


 レオンが手を出す。


 ニーナは。


 少しだけ迷い。


 傷のある腕を預けた。


 レオンは布を水へ浸し、傷の周囲を拭う。


 手つきは。


 上手くない。


 以前よりは。


 少しまし。


「痛い?」


 レオンが訊く。


「少し」


「少しじゃなくて」


「中より下」


「よし」


「真似しないで」


「患者教育の成果だ」


「包帯は巻ける?」


「前に、お前が無言で巻き直した程度には」


「駄目じゃない」


「今回は、少し上達している」


 レオンが包帯を巻く。


 きつい。


 ニーナが、すぐに顔をしかめた。


「巻きすぎ」


「まだか」


「腕を保存食にするつもり?」


「懐かしいな」


「懐かしがらないで。緩めて」


「ここか」


「もう少し」


「これで?」


「……まあいい」


「合格?」


「仮」


「厳しい」


 包帯を結び終える。


 レオンは。


 ニーナの腕を離せなかった。


 白い布。


 その下の浅い傷。


 もし。


 ガレスの短剣が間に合わなければ。


 もっと深く切られていた。


 首へ。


 刃が入っていたかもしれない。


「レオン」


 ニーナが呼ぶ。


「何だ」


「手」


「ああ」


 それでも。


 離さない。


「怖かった?」


 ニーナが尋ねた。


「お前が?」


「レオンが」


 問い掛けられ。


 レオンは。


 誤魔化そうとした。


 軽口へ逃げる。


 いつものように。


 だが。


 ニーナの目が。


 それを許さなかった。


「怖かった」


 レオンは答えた。


「お前が切られた時」


「浅いよ」


「深さの話ではない」


「じゃあ何」


「失うと思った」


 ニーナの目が、僅かに揺れる。


「一瞬だけだ」


「付け足さなくていい」


「正確さは」


「いらない」


「分かった」


 ニーナの腕を持つ手へ。


 少しだけ力が入る。


「俺は」


 レオンが言う。


「カミラを追う」


「うん」


「それは変わらない」


「分かってる」


 ニーナは。


 笑おうとした。


 上手く笑えなかった。


 胸の内側へ。


 小さな刃が入る。


 カミラ。


 レオンが助けたい女。


 レオンの正体を知り。


 レオンが追い掛け。


 危険へ入ってでも会おうとした女。


 自分とは違う。


 強く。


 戦えて。


 レオンの過去も知っている。


「カミラなら」


 ニーナが言った。


「さっきみたいな時、もっと上手く戦えた?」


 レオンは、すぐには答えなかった。


「たぶん」


「そう」


「剣を抜いて、最初の男を倒した」


「そうだよね」


「でも」


 ニーナを見る。


「お前は、湯と薬草で俺たちを助けた」


「そんなの」


「ガレスの傷を縫った。俺の縄を直した。襲ってきた男まで生かした」


「医療者だから」


「お前だからだ」


 ニーナの顔が上がる。


「比べるものではない」


 レオンは続けた。


「カミラはカミラだ。お前は、お前だ」


「便利な言い方」


「逃げているように聞こえる?」


「少し」


「実際、少し逃げている」


「正直すぎる」


「優しい嘘より、痛い本当がいいと教わった」


「誰に」


「最近、何人かに」


「女の人?」


「複数」


 ニーナが拳を上げる。


 レオンが顔を庇った。


「待て」


「何」


「傷のある腕だ」


「逆で殴る」


「準備がいいな」


 だが。


 拳は飛んでこなかった。


 ニーナは。


 代わりに。


 レオンの胸へ、額を軽く当てた。


 抱き付いたわけではない。


 寄り掛かっただけ。


 ほんの僅か。


 それでも。


 レオンの身体は固まった。


「ニーナ?」


「少しだけ」


「何が」


「このまま」


 声が。


 近い。


「怖かったから」


 レオンは。


 動かなかった。


 腕を回せば。


 抱き締められる。


 昨日。


 倒れ込んできた彼女を抱き止め。


 離したくないと思った。


 いまは。


 自分から近づいたわけではない。


 ニーナが。


 少しだけ。


 安心する場所を求めた。


 その場所に。


 自分を選んだ。


 レオンは。


 右手を上げ。


 途中で止めた。


 カミラの手紙が。


 胸元にある。


 それでも。


 目の前のニーナを。


 何もせず放してよいとも思えない。


 迷った末。


 頭へ。


 そっと手を置いた。


 撫でるでもなく。


 押し返すでもなく。


 ただ。


 そこにいると伝えるように。


「怪我をさせて悪かった」


 レオンが言った。


「レオンのせいじゃない」


「俺を助けに来たからだ」


「私が決めた」


「ああ」


「勝手に、私のために離れようとしないで」


 レオンの手が。


 ほんの少し動く。


「それは」


「カミラって人がいても」


 ニーナの声が小さくなる。


「私が、レオンを好きなのは、私の勝手だから」


 レオンは。


 息を止めた。


 告白。


 と呼ぶには。


 あまりにも。


 ニーナらしい言い方だった。


 許可を求めない。


 答えも求めない。


 ただ。


 自分の気持ちは自分で決めると。


 そう言った。


「返事は」


 レオンが尋ねる。


「いまはいらない」


「よいのか」


「よくない」


「どちらだ」


「カミラって人を助けたいんでしょう」


「ああ」


「なら、先に助けて」


 ニーナは。


 額を胸へ当てたまま言った。


「そのあと、ちゃんと困って」


 レオンの胸が。


 痛い。


 傷ではない。


 嬉しい。


 苦しい。


 申し訳ない。


 離したくない。


 すべてが。


 同じ場所へ入る。


「ニーナ」


「何」


「俺は、かなり困っている」


「まだ足りない」


「厳しいな」


「管理指示」


「守る」


 小屋の角から。


 ガレスが顔を出した。


「話は終わったか」


 ニーナが。


 飛び退いた。


「聞いてたの?」


「途中から」


「どこから!」


「私がレオンを好きなのは、私の勝手だから」


 ニーナの顔が。


 一瞬で赤くなる。


「忘れて!」


「無理だ」


「患者一号!」


「それは脅しにならない」


「包帯をきつくする!」


「医療者としてどうなんだ」


 レオンが、口元を押さえて笑う。


 ニーナが振り返る。


「何で笑ってるの!」


「いや」


「何!」


「好きだと言われたのが、嬉しかった」


 ニーナの動きが止まる。


 ガレスも。


 一瞬だけ黙った。


「返事ではないぞ」


 レオンが続ける。


「分かってる!」


「では」


「分かってるから、言わないで!」


 ニーナの拳が。


 今度こそ飛んだ。


 レオンの腹。


 治りかけている場所を。


 正確に避ける。


「痛い!」


「生きてる!」


「昨日も聞いた!」


「今日も確認!」


 ガレスが。


 深く息を吐く。


「娘の前で、この話はできんな」


「ミアへ?」


 ニーナが尋ねる。


「ああ」


「手紙には書かないから」


「当然だ」


「お父さんは、王子と医療者の痴話喧嘩に巻き込まれています」


「書くな」


「患者一号は、少し笑うようになりました」


「それも書くな」


 レオンが言う。


「よい変化では?」


「お前が原因なのが嫌だ」


 三人の間へ。


 小さな笑いが生まれた。


 襲撃直後。


 血も。


 痛みも。


 追手もいる。


 それでも。


 笑うことができた。


 ほんの少しだけ。


 三人は。


 同じ馬車へ乗る者になっていた。



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