↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

423/428

第八十一部 王印は、道ではなく人を迷わせる話 Another Side:レオン/ニーナ ② 道端の岩に座っての手当てと、分けられた食事

 応急処置のあと。


 ニーナは二人を、道端の平たい岩へ座らせた。


「二人とも上着を脱いで」


 レオンとガレスが、同時に彼女を見る。


「何」


「言い方に問題がある」


 レオンが答える。


「治療」


「俺もか」


 ガレスが尋ねる。


「二人とも血が出てる」


「同時に脱がせるのか」


「順番に」


「安心した」


「何が」


「王子と賞金首狩りを同時に脱がせる女は少ない」


 ニーナの薬箱が、レオンの膝へ軽く当たる。


「痛い」


「元気」


「確認方法が雑だ」


 ガレスが、初めて小さく鼻で笑った。


 レオンが、すぐに振り返る。


「笑ったな」


「笑っていない」


「背中が動いた」


「傷が痛んだ」


「以前も、同じ言い訳を聞いた気がする」


「誰から」


「港の監督だったかな」


「変な知り合いが多いな」


「お前も増えた」


「知り合いではない」


「名前を知った」


「患者一号」


 ニーナが言う。


「それでいい」


「よくない」


 ガレスは渋い顔をしながら上衣を脱いだ。


 包帯には、新しい血が広がっている。


 ニーナの表情が変わる。


 笑いが消え、治療者の目になる。


「横になって」


「座ったままでいい」


「脇腹を縫い直す」


「また?」


「動くから」


「急いでいる」


「死んだら遅れる」


 ガレスは、今度は言い返さなかった。


 岩の上へ横になる。


 ニーナが傷を洗い、縫い糸を切り、開いた部分だけをもう一度縫う。


「痛い?」


「……かなり」


「よし」


「よしなのか」


「正直だから」


 レオンは、少し離れた場所へ座り、その様子を見ていた。


 ニーナは、自分を攫った男にも手を抜かない。


 レオンを先に助けるため、ガレスの傷を粗雑に扱うこともしない。


 患者だから。


 その一言だけで、敵と味方の線を一度だけ外す。


 カミラなら、おそらく先に武器を奪う。


 逃げ道を塞ぐ。


 その上で、必要なら治療させる。


 正しい。


 強い。


 頼れる。


 ニーナは違う。


 傷を見た時点で、先に手を伸ばす。


 危うい。


 甘い。


 だから、放っておけない。


「何を見てるの」


 ニーナが言った。


「お前」


「治療を見て」


「見ている」


「変なところ見たら、次は針を刺すよ」


「まだ何も言っていない」


「顔」


「俺の顔は、本当に忙しいな」


 ガレスが、目を閉じたまま言った。


「この娘の前では、黙っていた方がいい」


「学んだな」


「お前を見ていれば分かる」


「悪い見本になった」


「前から」


 ニーナが言う。


「ひどい」



 ◇


 治療が終わり、乾いたパンと塩気の薄い干し肉を分けた。


 ニーナは、三人分を同じ大きさにした。


 ガレスが、自分の分を見る。


「俺にも同じ量か」


「患者だから」


「こいつは商品だろう」


「レオンも患者」


「呼び方が違う」


「名前を知ってるから」


「俺の名前も知った」


「じゃあ、ガレスも患者」


「何も変わっていない」


 レオンはパンを齧り、ガレスの腰へ付いた小さな木片を見た。


 武器ではない。


 子どもが使う笛。


 古い。


 端へ、小さな花の模様が彫られている。


「それ」


 レオンが言う。


 ガレスの手が、すぐに木片を押さえた。


「見るな」


「娘?」


 ガレスの目が鋭くなる。


「なぜ分かる」


「子どもの物だから」


「息子かもしれない」


「花が三つ」


「息子も花を持つ」


「そうだな」


 レオンは、すぐに引いた。


 ガレスは、しばらく黙っていた。


 やがて、笛を腰から外す。


「ミア」


 短く言う。


「娘だ」


 ニーナが顔を上げる。


「何歳?」


「十一」


「一緒に住んでるの」


「住んでいない」


 ガレスは、パンを見たまま答える。


「妹の家へ預けている」


「どうして」


「賞金首狩りの馬車へ、子どもを乗せられるか」


「ほかの仕事は」


「できなかった」


「探さなかった?」


「探した」


 声が、少しだけ硬くなる。


「国境兵だった。戦が終わって傷を負い、放り出された。文字は少ししか読めない。畑はない。商会へ入る保証人もいない。剣を使えば金になる。それだけだ」


 ニーナは、すぐには答えなかった。


「金貨千枚があれば」


 レオンが言う。


「娘を迎えに行ける?」


「家を買う」


 ガレスは答えた。


「小さくていい。畑が少しあればいい。妹へ預けたまま、父親らしい顔をするのは、もう嫌になった」


「だから、俺を売る」


「そうだ」


「正直だな」


「お前に好かれる必要はない」


「理由を聞いても、許すつもりはない」


「知っている」


 レオンとガレスは、しばらく互いを見た。


 ニーナが、その間へ入る。


「娘を迎えたい気持ちは分かる」


 ガレスの視線が彼女へ向く。


「でも、それでレオンを売っていいことにはならない」


「ああ」


 ガレスは、意外なほど簡単に認めた。


「分かっている」


「分かっててやるの」


「分かっているから、面倒なんだ」


「何が」


「こいつが」


 ガレスは、レオンを見る。


「知らないままなら、金貨千枚だった。名前を知って、娘に会いたい理由まで話した。おまけに、こいつは車輪を直した」


「それで?」


「金貨千枚が、人になっていく」


 声は低かった。


「人を売る方が、荷を売るより面倒だ」


 レオンは、少しだけ目を細めた。


「俺は最初から人だ」


「俺の帳面では、賞金だった」


「帳面を変えろ」


「金貨千枚を消せるならな」


「簡単ではないな」


「ああ」


 ニーナは、二人を見た。


 和解ではない。


 ガレスは、まだレオンを売るつもりでいる。


 レオンも、隙があれば逃げる。


 それでも。


 互いを顔のない役割として扱うことは、少しずつ難しくなっている。


「娘へ」


 ニーナが尋ねる。


「手紙は出してる?」


「文字が苦手だと言っただろう」


「代筆してもらえば」


「賞金首狩りが、娘へ何を書く」


「元気か、とか」


「俺が元気ではない」


「じゃあ、怪我したって」


「心配させる」


「帰るって」


 ガレスは、少しだけ黙った。


「帰れるか分からない」


「だから書くんでしょう」


 ニーナは記録板を裏返す。


「次の宿駅で、私が書く」


「頼んでいない」


「患者一号の治療記録」


「手紙だろう」


「治療の一部」


「何でも医療にするな」


「便利だから」


 レオンが、小さく笑った。


「俺にも書いてくれる?」


「誰へ」


「複数」


「自分で書いて」


「冷たい」


「字、書けるでしょう」


「かなり」


「じゃあ自分で」


「王子への扱いが雑だ」


「いまは患者二号」


「格が下がった」


 ガレスが、また少しだけ笑った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。