第八十一部 王印は、道ではなく人を迷わせる話 ③ 港に残る五十六人と、東の街道を行く三人
白石河港へ残る者も必要だった。
五十六人の保護。
押収した帳面の整理。
逃げた先生の追跡。
再び襲撃が来た場合の防備。
ドルンが残る。
白石河港の者たちとともに、救出された者の食事と寝床を整え、押収した帳面を守り、倉庫の入口を補強する役目を引き受けた。
「任せてもよい?」
レイラが尋ねる。
「ここまで連れてきて、全員で出ていく方が無責任だ」
ドルンは答えた。
「森へ戻る者も、別の土地へ行く者もいる。だが、いま決めさせる必要はない。まず食わせて、眠らせる」
「先生が戻ったら」
「入口で止める」
「一人で?」
「河港の者たちもいる」
ドルンは、補強を始めている男たちへ目を向けた。
「それに、私もただ帳面を読むためだけに来たわけではない」
レイラは頷いた。
「お願い」
「ああ」
ルーウェンが古河道の図を持ち。
エルナが矢を確認する。
リューリックは剣帯を締め直し。
テオは荷札と帳面を防水布へ包んだ。
セドは、白石の橋の下へ一度だけ行き。
誰にも言われず、使われなかった返し枝を川へ流した。
先生へ戻る合図ではない。
自分が、もう戻らないと決めるためのものだった。
正午前。
一行は白石河港を出た。
東ではなく。
南東へ。
灰橋倉へ向かう最も分かりやすい道を外し、小さな村を結ぶ古い交易路へ入る。
レイラは、馬上で一度だけ振り返った。
川。
港。
助け出した者たち。
まだ名前を取り戻せていない人々。
兄一人を追うために、すべてを置いていくわけではない。
兄を助ける道と。
残された者を守る道。
どちらも切らない。
そのために、人を分け、記録を残し、急いだまま考える。
「兄様」
小さく呟く。
「勝手に死んだら、許さないから」
前を進むリューリックが、振り返らずに答えた。
「殿下は、その種の命令だけは、驚くほど守られません」
「知っている」
「ですが」
リューリックは、少しだけ間を置いた。
「戻ると約束した相手がいるなら、以前よりは可能性がございます」
「誰と約束したの?」
「それは」
リューリックの声が、僅かに詰まった。
「複数いる可能性がございます」
「兄様」
レイラは、深く息を吐いた。
「助けたあとに、まとめて問い詰める」
「それがよろしいかと」
一行は、南東へ進んだ。
同じ頃。
さらに東の古い街道では。
レイラたちが探し始めた三人を乗せた馬車が、すでにリンデン村を離れていた。




