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第七十八部 白い羽根と白い枝は、同じ河へ向かう話 Another Side:リューリック/テオ ③ 地下の炉と、まだ終わっていないという声

 療養院の地下には、二つの炉があった。


 銀貨を溶かす炉。


 正しい重さの銀貨から刻印を消し、銀の塊へ変えるための設備。


 壁際には軽い銀貨を作る型、古い刻印、灰十字医療団の印、複数の国の通行札。


 そして、鎖で繋がれた人々。


 二十三人。


 炉の熱。


 麻薬。


 睡眠不足。


 立っていられる者は、ほとんどいない。


「水を!」


 リューリックが叫ぶ。


「炉を止めて!」


 テオは炉の横にある送風板を見る。


「先に風を止める。急に水を掛けると炉が割れる!」


「人が」


「熱い金属が飛ぶ!」


 リューリックは言われたとおり送風板へ向かった。


 鎖の鍵を探す者。


 負傷者を運ぶ者。


 炉を止める者。


 役割を分ける。


 一人で全部はできない。


 リューリックは鍵束を見つけたが、鎖ごとに形が違う。


「切ります」


「鎖を?」


「はい」


「剣が傷む」


「人よりは安いでしょう」


 テオが、ほんの少し笑った。


「有効だね」


 リューリックは鎖へ剣を振り下ろす。


 火花。


 一度。


 二度。


 鎖が切れた。


「動ける方から、外へ」


 繋がれていた老人が首を横へ振る。


「先に、あの子を」


 奥。


 炉の陰に、小さな身体がある。


 リューリックはそちらへ向かった。


 十二歳ほどの少年。


 意識がない。


 胸は動いている。


「生きています」


「なら、運べ」


 テオは老人の肩を支えた。


「君も一緒だ」


「私は歩ける」


「歩ける人から、だよ」


「先に」


「順番を決めるのは、助ける側だ」


「商人が?」


「今日はね」


 老人は、力なく笑った。



 ◇


 地上へ全員を運び出すまでに、上流へ逃げた舟を追う時間はなくなった。


 顔を隠した先生。


 白石河の北西。


 カラン方面へ向かったことは分かる。


 だが、どの支流へ入ったのか。


 どこで舟を降りたのか。


 まだ分からない。


 それでも、三台の荷車から十九人、中庭から十四人、地下から二十三人。


 五十六人が救出された。


 死者はいない。


 重傷者は多い。


 すぐに回復する者ばかりではない。


 名前を奪われた者。


 自分の名を忘れかけている者。


 死者名義で何度も運ばれた者。


 それでも、生きている。


「会長」


 商会員が、地下から一冊の帳面を持ってきた。


「炉の裏へ隠されていました」


 革表紙。


 青い二重線。


 テオは帳面を開いた。


 銀貨。


 麻薬。


 患者。


 人員。


 移送先。


 白石河港。


 海燕号。


 灰十字。


 旧塩道。


 さらに頁の後半には、見慣れない印があった。


 白い枝。


 その隣に、羽根が一枚描かれている。


「テオ殿」


 肩と腕へ血を滲ませたリューリックが覗き込む。


「何の印ですか」


「分からない」


「帳面には」


 短い記述。


白枝、森へ帰還。

白羽、シルヴァスへ到達。

古河道、開門の可能性あり。

白石河上流にて合流準備。

先生は北西へ移動。


「シルヴァス」


 リューリックが言う。


「森人の国ですね」


「ああ。白石河を上流へ進み、カランを越えたさらに先にある」


「白羽とは」


「分からない」


 テオは頁の端を見る。


 記入された日付は昨日。


 遠い森の中で誰かが動いたことを、この帳面を書いた者はすでに知っていた。


「先生は」


 リューリックが北西の上流へ続く河を見る。


「森の方へ向かったのでしょうか」


「可能性はある」


「追いますか」


 テオは救出された者たちを見た。


 治療。


 水。


 名前の確認。


 証言。


 ここにしかできないことがある。


「今じゃない」


 テオは答えた。


「まず、この人たちだ」


 リューリックは頷いた。


「はい」


 身体には複数の傷が増えている。


 それでも、剣を握る指は震えていなかった。


 戦いの最中、かつての切れ味が戻っていた。


 衰えていたのではない。


 長い逃亡と、守るべき国を失った時間の中で、剣を振るう理由を見失っていただけなのかもしれない。


 いま、リューリックは再び人を守るために斬った。


 その剣は、少しずつ。


 かつてリュカリオン最強と呼ばれた頃へ戻り始めていた。


「でも」


 テオは、白い枝と羽根の印へ指を置く。


「終わってはいない」



 ◇


 救出された五十六人の応急処置と、名前の確認には丸一日以上掛かった。


 自分の名を言える者。


 偽名しか思い出せない者。


 故郷だけを覚えている者。


 何も答えられない者。


 テオは一人ずつ記録を作らせ、リューリックは歩けない者を運び、夜になっても二人ともほとんど休まなかった。


 翌々日の朝。


 白石河港の見張り台から、警鐘ではない木板の音が鳴った。


 北西側。


 上流から船が来る時の合図だった。


「会長」


 商会員が河岸から駆けてくる。


「上流から、小舟が一艘下ってきます」


「船印は」


「ありません」


「人数は」


「四人です。ただし」


「何だい」


「一人は、人間の女に見えます。残る三人は」


 商会員は、言葉を選んだ。


「銀髪で、耳が尖っています」


 テオとリューリックが顔を見合わせる。


 白石河。


 北西の上流。


 カランを越え、さらに先には大陸最西端のシルヴァスがある。


 閉じていた古い河道から、一艘の舟が南東へ下ってくる。


 白い羽根を持つ王女。


 白い枝と呼ばれた森人。


 森の弓手。


 火傷を持つ男。


 別々の場所から進んでいた道が、同じ河港へ、ようやくつながろうとしていた。



 ──Another Side 了


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