↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

408/427

第七十八部 白い羽根と白い枝は、同じ河へ向かう話 Another Side:リューリック/テオ ② 屋根から降る矢と、地下へ続く鐘の音

 中庭の奥で、別の男が患者の列へ駆け寄った。


 少女の髪を掴み、短剣を喉へ押し当てる。


「止まれ!」


 リューリックは剣を構えたまま足を止めた。


「剣を捨てろ。さもなければ、こいつを殺す」


 男の腕は震えていない。


 脅しているだけではない。


 本当に殺す者の目だった。


「リューリック」


 テオの声が横から届く。


「三歩だけ下がって」


「しかし」


「三歩だ」


 リューリックは一歩下がる。


 二歩。


 三歩。


 男の目が、リューリックだけを追う。


 その間にテオは、足元へ積まれていた塩袋の縄を切った。


 袋が崩れる。


 中身は塩ではなく、炉へ使う細かな砂だった。


 大量の砂が男の足元へ流れ、僅かに体勢が崩れる。


 少女が、短剣を持つ腕へ噛み付いた。


「このっ!」


 男の肘が少女の顔へ向かう。


 その前に、リューリックが踏み込んだ。


 短剣を持つ腕を肘の上から斬る。


 刃物と腕が地面へ落ちた。


 男は叫んだが、腰にはまだ別の刃物がある。


 リューリックは止まらない。


 返す剣で喉を斬った。


 男は傷口を押さえ、膝から崩れる。


 少女の前へ倒れるより先に、襟を掴んで横へ投げた。


「走れますか」


 少女は、血の付いた地面を見たまま動けない。


「分からない」


「では、私の後ろへ」


 少女を背へ庇う。


 助けた直後ほど危険だった。


 次の敵が来る。



 ◇


 療養院の屋根から矢が降った。


 一射目が商会員の肩を貫く。


 二射目は、逃げている捕虜の背へ向かった。


 リューリックが剣の腹で軌道を逸らす。


 完全には弾けない。


 矢先が腕を掠め、熱い痛みが走った。


「屋根に三人!」


 護衛が叫ぶ。


「左に一人。煙突の陰に二人です!」


 弓兵を残せば、地上の救出は進まない。


 リューリックは少女を護衛へ渡した。


「盾の後ろへ」


「あなたは」


「上を削ります」


 低い屋根へ走る。


 積まれた木箱を踏み台にして縁へ手を掛けた。


 弓兵が真下へ矢を向ける。


 リューリックは身体を上げ切らず、片手で縁へ掴まったまま剣を振るった。


 刃が弓兵の足首を断つ。


 男が悲鳴を上げて倒れる。


 屋根へ上がったリューリックは、その胸へ剣を突き入れた。


 一人目。


 確実に動きを止める。


 二人目は弓を捨て、短剣を抜いていた。


 狭い屋根では、大きく剣を振れば足を取られる。


 リューリックは短く踏み込み、相手の短剣を鍔元で受けた。左手で手首を押さえ、腹へ刃を突き込む。


 一度目で止まらない。


 二度目で力が抜けた。


 身体を押し退ける。


 三人目が、煙突の陰から弩を向けていた。


 狙いはリューリックではない。


 地上のテオ。


「テオ殿!」


 弦が鳴る。


 テオは声へ反応し、帳簿を抱えたまま石床へ倒れ込んだ。


 矢が外套を裂き、背後の柱へ突き刺さる。


 弩兵は二本目を装填しようとする。


 リューリックは走った。


 屋根板が足元で軋む。


 弩兵は装填を諦め、腰の剣を抜いた。


 互いの刃がぶつかる。


 相手は強い。


 ただの見張りではない。


 一撃目を受け。


 二撃目を流し。


 三撃目で、リューリックの肩を浅く切った。


 痛みが走る。


 だが、相手の剣が自分へ食い込んだ分、男の脇が開いている。


 リューリックは退かなかった。


 傭兵同士の戦場では、負傷した瞬間に下がった者から追い打ちを受ける。浅い傷なら、相手が勝ったと思う一瞬こそが殺す機会になる。


 剣を下から斬り上げる。


 刃が脇腹から胸へ入った。


 男が息を漏らす。


 それでも剣を離さない。


 リューリックは男の肩を掴み、胸へもう一度、深く剣を突き込んだ。


 今度こそ、手から武器が落ちた。


「屋根、制圧しました!」


 リューリックが叫ぶ。


 返事の代わりに、地上から別の警笛が鳴った。



 ◇


 療養院の奥から鐘が響く。


 一度。


 二度。


 三度。


 撤退の合図。


 中庭に残っていた敵の動きが変わった。


 戦うためではない。


 捕虜を殺し、証拠を燃やして逃げるための動きだった。


「奥へ行かせるな!」


 テオが叫ぶ。


 裏口へ走る男が二人。


 リューリックは屋根から飛び降りた。


 着地の衝撃が膝へ来る。


 それでも止まらない。


 一人目の背へ追い付き、肩口から斜めに斬る。


 男が前へ倒れた。


 二人目が振り返り、剣を突き出す。


 リューリックは身体を捻った。


 刃が脇腹を掠める。


 相手の腕が伸び切ったところへ、首を狙って剣を振る。


 深く入る。


 男が倒れた。


 その奥では、火の付いた松明を持つ男が、帳面を積んだ部屋へ走っている。


「止まってください!」


 男は止まらない。


 松明を投げようと腕を上げる。


 リューリックは剣を投げなかった。


 外せば終わる。


 代わりに腰の短刀を抜き、背中へ投げた。


 刃が肩甲骨の間へ刺さる。


 男が前へ倒れ、松明が床へ転がった。


 商会員が水を掛け、火を消す。


「敵は!」


 テオが尋ねる。


 リューリックは周囲を見た。


 倒れている者。


 武器を捨て、両手を上げている者。


 逃げようとして、護衛へ押さえられた者。


 まだ剣を持っている者はいない。


「中庭は制圧しました」


「生存者は」


「降伏した者が五人。負傷して動けない者が二人です」


「尋問には足りるね」


「はい」


 斬った者の数は数えなかった。


 必要なのは死者の勘定ではない。


 生きている捕虜を救い、地下へ残された者を見つけることだった。


 ただし、背後へ倒れている者が再び武器へ手を伸ばしていないかだけは確認する。


 戦いが終わったと思った瞬間に、味方が刺される。


 それを、リューリックは何度も見てきた。


「河岸の舟が出ます!」


 護衛が叫ぶ。


 小舟が一艘、河港から北西の上流へ向かっている。


 白石河を遡ればカラン西部へ入り、古い支流と地下河道を知っていれば、シルヴァス方面へ近づくこともできる。


 舟は櫂だけでは進んでいない。


 上流側の道を走る馬が、岸から延びた細い綱で船を引いていた。


「先生だ!」


 捕らえられていた男の一人が叫ぶ。


「顔を隠した男が乗ってる!」


 リューリックは血の付いた剣を握り直した。


「追います」


「待って」


 テオが止める。


「またですか」


「療養院の地下に、まだ人がいる」


 建物の奥、鐘の音の下から、金属を叩く音が聞こえていた。


「閉じ込められている?」


「ああ」


「ですが、先生が」


「どちらか一つだ」


 テオは北西の上流へ逃げる舟を見る。


 追えば、顔を隠した指揮者へ届くかもしれない。


 残れば、地下の人々を救える。


 リューリックは剣を強く握った。


 かつてなら、敵の首を追いながら、残された者まで一人で救おうとしたかもしれない。


 だが、いまは違う。


 一人で全部はできない。


 だからこそ、誰を優先するかを誤ってはならない。


「人を」


 リューリックは言った。


「分かっている」


 テオは逃げる舟から視線を外す。


「地下へ行こう」


 二人は、血と煙の残る中庭を越え、療養院の奥へ走った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。