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第七十五部 二十三の名は、一人を捨てない話 ③ 長く鳴った木笛と、待てない時間

 木笛が鳴ったのは、その直後だった。


 二度。


 長く。


 追跡中止の合図。


 ネリスが扉へ駆ける。


 外から足音が近づいた。


 ルーウェン。


 エルナ。


 ガルム。


 三人とも無事だった。


 ただし、エルナの外套には泥が付き、ガルムの左腕へ浅い切り傷がある。


「何がありました」


 レイラが尋ねる。


「箱を取った者は、囮だった」


 ルーウェンが答えた。


「森の外から雇われた男だ。箱を西へ運べと言われただけで、次の受け渡し場所は知らない」


「セルノが来ました」


「ああ」


 ルーウェンは、床へ置かれた短剣と木札を見る。


「分かっている」


「なぜ」


「追跡の途中で、根道の印が変わった」


「誰かが?」


「この男だ」


 セルノは、頭を下げた。


「俺が開けた。すべて話す」


 ガルムが剣へ手を掛ける。


 ネリスが、その前へ立った。


「待ちな」


「道を開けた本人だぞ」


「分かっている」


「何人死ぬところだったと思う」


「分かっている!」


「なら」


「フィアの居場所が分かった」


 ガルムの手が止まる。


 焼けた水車小屋。


 南根の出口から半日。


 移送は、明け方。


 セルノが知ることを、すべて話す。


 ルーウェンは黙って聞いたあと、レイラを見る。


「約束を破ったか」


「破っていません」


「家から出たか」


「出ていません」


「敵を説得したか」


「説得というほどでは」


 ネリスが横から言う。


「短剣を持って来た男へ、一人で質問していたよ」


「ネリスさんもいました」


「私は途中まで、殴ろうとしていた」


 ルーウェンの目が細くなる。


「それを止めたのか」


「はい」


「なぜ」


「話を聞く必要がありました」


「危険だ」


「分かっています」


「本当に?」


 いつもの問い。


 レイラは、少しだけ息を吐いた。


「少し分かりました」


「少しか」


「全部分かったと言えば、嘘になります」


 ルーウェンは、言い返さなかった。


「なら、次は呼べ」


「あなたはいませんでした」


「木笛を使え」


「使い方を知りません」


「教える」


「では、今夜にでも」


「今夜は寝ろ」


「フィアさんを助けに行くのでしょう」


「お前は残る」


「また?」


「まただ」


「私の名が使われています」


「だから残れ」


「ですが」


「レイラ」


 強い声だった。


 彼女は口を閉じた。


「誰かを救うたびに、自分を差し出すな」


「私は」


「お前一人と、フィア一人を交換すれば、それで終わると思うか」


 思わない。


 敵は、次も人質を取る。


 誰かを差し出せば助かると、森へ覚えさせる。


「思いません」


「なら、残れ」


「……分かりました」


「本当に?」


「努力ではなく、約束します」


 ルーウェンは、小さく頷いた。


 その時。


 外から、別の見張りが駆け込んできた。


「南根から、合図です!」


「何があった」


 ガルムが尋ねる。


「逃げてきた者がいます。森人の少女です」


 部屋の全員が動きを止めた。


「フィアかい!」


 ネリスが叫ぶ。


「違います。カラン側から逃げてきた別の子です」


 希望が上がり。


 一瞬で落ちる。


 それでも、見張りは続けた。


「その子が、フィアを見たと」


 セルノが立ち上がる。


「どこで」


「焼けた水車小屋です」


「生きているのか」


「はい」


 今度こそ。


 はっきりした言葉だった。


 ネリスの膝から、力が抜ける。


 レイラが支える。


「ですが」


 見張りの顔は険しいままだった。


「明け方ではありません」


「何が」


「移送です」


 少女は、逃げる前に聞いた。


 王女を連れてくる計画が崩れた場合。


 捕らえている森人たちは。


「月が真上へ来た時に、全員殺すと」


 窓の外。


 月は、すでに高い。


 明け方まで。


 待つ時間はなかった。



 ──第七十五部 了


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