第六部 助産婦リータと、止められない坑道の話 ⑤ 〜三日、止めろ〜
翌々日の朝。
俺とリューリックは、鉱山入口の近くに立っていた。
まだ夜が明けきっていない。
空が薄く青くなり始めている。
坑夫たちが、坑道の入口に集まり始めた。
その時、別の方向から、白いエプロンの一団が現れた。
助産院の方角から、女たちが歩いてくる。
三十人。
全員、黙っていた。
先頭にリータがいた。
女たちは、坑道の入口の前に座り込んだ。
誰も叫ばない。
誰も声を上げない。
ただ、座っていた。
その静かさが、叫びより強かった。
坑夫たちは足を止めた。
しばらく、立っていた。
そのうちの一人が、低く言った。
「……妻が座ってる」
「俺のばあちゃんもいる」
「今日、降りるか」
「俺は……降りない」
「でも割当が」
「割当より、妻の顔だ」
坑夫たちは、坑道の入口から離れた。
監督官が走ってきた。
「どけ! 女ども! 生産割当が落ちるんだぞ!」
女たちは答えなかった。
ただ、座っていた。
監督官が、リータの腕を掴もうとした。
その時、俺とリューリックが間に立った。
「おっと、これは警備のついでだ」
「お前ら、雇い主の命令を聞け!」
「雇い主は警備を頼んだ。誰が、誰の警備をするかは、俺たちが決める」
「この阿呆ども!」
「そうだ。俺たちは阿呆だ。それでいいから、引いてろ」
監督官は声を荒げた。
その時、坑道の入口の向こうから、低い女の声が響いた。
「騒ぐな」
カミラだった。
灰色の上着。
短く切った黒い髪。
左手首の奴隷の烙印跡が、朝日に薄く光っていた。
彼女は、ゆっくりと座り込んだ女たちの前に進んだ。
女たちは、カミラを見上げた。
しばらく無言が続いた。
その沈黙の途中で、カミラの目が一度だけ俺に向いた。
本当に一瞬だけだった。
俺の頬の腫れを見たのかもしれない。
見ていないのかもしれない。
ただ、その一瞬だけ、彼女の目の硬さがわずかに揺れた。
揺れたものは、すぐ戻った。
監察官の目に。
カミラは低く言った。
「これは、人民の鉱山だ」
監督官が口を開いた。
「そうです、監察官。だから、生産を」
「だから人民が、止められる」
「……」
「三日、止めろ。安全点検をする」
「しかし三日止めれば、配給が落ちます」
カミラは、少しだけ沈黙した。
朝日が、彼女の左手首の奴隷の烙印跡を薄く照らしていた。
それから、低く言った。
「その責任は、私がとる。書類に私の名を書け」
「……」
「割当は、私が引き受ける。三日、止めろ。これは監察官権限だ」
監督官は、何も言えなかった。
カミラが、もう一度、女たちを見た。
女たちは立ち上がった。
誰も、歓声を上げなかった。
ただ、リータが静かに頷いた。
カミラも頷き返した。
二人の目が、一瞬、合った。
長くはなかった。
それで終わった。
国家を信じて疑う女と、命を取り上げる女が、その一瞬だけ、同じ方角を見た。
坑道は、三日、止まった。




