第六十九部 夜更けの茶には、少しだけ本音を混ぜる話 ⑤ 追い出された茶会と、少し楽しみな話
同じ頃。
レオンは、地図室でコンラートと向き合っていた。
女性だけの茶会から追い出されたあと、話したいことがあるならば聞くと言われ、本当に地図室へ連れてこられた。
卓上には、アルムロイト辺境伯領の地図が広げられている。
山。
川。
港。
海。
峠。
鉱山。
宿駅。
倉庫。
数日前まで、ただの線にしか見えなかったものが、少しずつ別の意味を持ち始めている。
山腹の村で減っていた塩。
沿岸部で消してはいけない火。
河川倉庫で数が合わなかった薬箱。
誰かが恥をかかずに、必要なものを受け取れる入口。
「王子殿」
コンラートが呼んだ。
「何だ」
「明日の晩餐会が終わったら、どうする」
問いは、短かった。
レオンは、すぐには答えなかった。
帝国の中では、金貨千枚の賞金首である。
白鷹門では、自分の名を明かした。
アルムロイトへ、いつまでも留まれるわけではない。
それでも、ここへ来てから、少しだけ考えるようになった。
旅を続ける。
逃げる。
追手を避ける。
危険があれば、前へ出る。
それだけが、自分の道ではないのかもしれない。
「まだ、分からない」
レオンは答えた。
「珍しいな」
「何が」
「お前は、分からないことも、適当な言葉で埋める男だと思っていた」
「評価が低い」
「間違っているか」
否定しにくい。
レオンは、卓上の地図へ視線を落とした。
「もう少し、見たいと思っている」
「何を」
「この土地を」
思ったよりも、素直な言葉が出た。
「橋。市場。倉庫。港。山道。村。塩煮小屋。見たつもりでも、まだ入口だと言われ続けている」
「入口だ」
「やはり?」
「当然だ」
コンラートは、あっさりと答えた。
「国を知るのに、数日で足りると思うな」
「では、もう少し滞在してもいい?」
「医師と、追手と、お前自身が許すならば」
「最後の一つが、難しいな」
「そうだな」
コンラートの声には、わずかな笑いが混じっていた。
「王子殿」
「何だ」
「道は、残っている」
「どこに?」
「見たいなら、自分で探せ」
「親切ではない」
「親切に教えるとは、言っていない」
いつもの返答だった。
レオンは、少しだけ笑った。
アルムロイトへ来た直後には、考えなかったことがある。
明日の晩餐会が終わったあとにも、ここで過ごす時間が続くかもしれない。
山側へ行く。
海側へ行く。
仲買所の帳面を見る。
カミラと歩く。
リヴィアやアーデルハイトと食事をする。
コンラートから、分かりにくい問いを投げられる。
酒も、少しずつ飲めるようになる。
そういう時間が、続く可能性がある。
悪くない。
むしろ、少し楽しみだった。




