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第六十九部 夜更けの茶には、少しだけ本音を混ぜる話 ② 地図室へ戻る背中と、女性だけの夜



 食事を終えたあと、コンラートは、翌朝に確認する帳面を持って地図室へ戻った。


 アーデルハイトも、紙を抱えて立ち上がる。


「私も、明日の確認事項を整理してから休みます」


「アーデル」


 リヴィアが、すぐに名前を呼んだ。


「何ですか」


「明日の朝でも、できるでしょう?」


「朝は、仲買所へ行きます」


「だからこそ、今夜は休むの」


「ですが」


「晩餐会の前に、顔色が悪くなったらどうするの?」


「化粧で隠せます」


「隠す方法を考えないで」


 リヴィアは、呆れたように息を吐いた。


「少しだけ、お茶を飲みましょう。帳面から離れる時間も必要よ」


「食事のあとに、また食堂へ戻るのですか」


「私の客室へ運んでもらいます」


 リヴィアは答えた。


 次に、カミラへ顔を向ける。


「カミラさんも、ご一緒しませんか」


 カミラは、少しだけ目を瞬いた。


「私は、先に休む」


「まだ、眠くはないでしょう?」


「明日の視察もある」


「お茶を一杯飲んだからといって、朝まで起きているわけではありません」


「私が行く理由は?」


「理由が必要?」


 柔らかな問いだった。


 カミラは、すぐには答えなかった。


 誰かに誘われる。


 仕事のためではない。


 役に立つ意見を求められているわけでもない。


 帳面を見るわけでも、荷を数えるわけでもない。


 ただ、一緒に茶を飲む。


 そのことへ、まだ慣れていないのだろう。


 アーデルハイトも、カミラを見る。


「明日の衣装についても、少し相談したいと思っています」


「衣装は、見るだけだと言った」


「見るためにも、どのようなものがよいか考える必要があります」


「動きやすければ、それでいい」


「晩餐会で、走る予定はないでしょう?」


「何が起きるかは、分からない」


「カミラさん」


 リヴィアが、少しだけ笑った。


「何か起きた時に動ける服は、あります。動けることと、いつもと同じ服を着ることは、同じではないわ」


 カミラは、ほんの少しだけ眉を寄せた。


 拒み切る理由を探しているらしい。


 その横で、レオンも立ち上がった。


「茶ならば、俺も――」


「駄目だ」


 カミラの返答は早かった。


「まだ、最後まで言っていない」


「聞かなくても分かる」


「俺は、衣装へ口を出すつもりはない。ただ、辺境伯府の客人として――」


「駄目よ」


 今度は、リヴィアが笑顔で遮った。


「女性だけで話したいこともあります」


「俺がいては、話せない?」


「話せません」


 アーデルハイトまで、穏やかに断言する。


 レオンは、味方を探すように周囲を見た。


 カミラ。


 リヴィア。


 アーデルハイト。


 三人とも、助けてくれる顔をしていない。


「不当な扱いだと思う」


「妥当だ」


 地図室へ向かい掛けていたコンラートが、背後から言った。


「コンラートまで、そちら側か」


「最初から、そちら側だ」


 今日だけで、何度も聞いた言葉だった。


「王子殿」


「何だ」


「女の話へ、首を入れるな」


「茶へ参加したいと言っただけだ」


「同じことだ」


「俺にも、話したいことはある」


「私が聞こう」


 コンラートは、淡々と答えた。


 レオンは、しばらく考えた。


「選択肢が少ない」


「道は、広ければよいわけではないらしい」


 アーデルハイトが言った。


 数日前、コンラートから学んだ言葉を、見事に返された。


 レオンは、深く息を吐いた。


「分かった。行ってくれ」


「最初から、そのつもりだ」


 カミラが言う。


「明日の夜を楽しみにしている」


 レオンは、何気ない顔で付け加えた。


 カミラが、ほんの一瞬だけ足を止める。


「葡萄酒を?」


「ああ」


 嘘ではない。


 全部でもない。


 カミラは、灰色の目を細めた。


「一杯だけだ」


「分かっている」


「本当に?」


「なぜ、全員が同じことを訊く」


「返事だけでは、信用が足りないからだろう」


 返答も、いつもと同じだった。


 ただし、耳の先が、わずかに赤い。


 レオンは、そこへ触れなかった。


 触れれば、明日の夜まで避けられる可能性がある。


 引き際は、大切である。



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