第六十八部 塩を煮る火を、消さない話 Another Side:帝国境の街道宿に集まる三人の男
アルムロイト辺境伯領の北東部。
帝国側との境に近い街道宿へ、三人の男が入ったのは、日が落ちてからだった。
服装だけを見れば、珍しい旅人ではない。
厚手の外套。
泥の跳ねた長靴。
小さな革袋。
商人が使う簡素な帳面。
馬は、宿の厩舎へ預けた。
荷台には、香辛料を入れた小箱が幾つか載っている。
ただし、宿へ入ってから、三人は一度も箱の中身を確かめなかった。
部屋へ入る。
戸を閉める。
窓の隙間から、街道を確認する。
最後に入った男が、外套の内側から細い紙片を取り出した。
紙には、必要最低限のことしか書かれていない。
白鷹門。
賞金首。
元王子。
女の監察官。
アルムロイト辺境伯府。
客人として保護。
明日の夕刻。
晩餐会。
「確かか」
最も年長の男が尋ねた。
「河川港へ入った荷運び人から聞きました」
「口が軽いな」
「辺境伯府が隠していません。山道の応急処置と、引換札の試験運用について、関係者を集めるそうです」
「元王子も出る?」
「客人として」
年長の男は、紙片を卓上へ置いた。
蝋燭の火が、細く揺れる。
「辺境伯府の中では、手を出せん」
「分かっています」
「辺境伯の客人へ手を出せば、賞金首を一人捕らえる話では済まない」
声は低い。
だが、迷いはなかった。
「確認だけだ。顔。護衛。出入りする者。いつ、領外へ出るか」
「女の方は?」
「同じだ」
「監察官ならば、こちらへ気付く可能性があります」
「だから、近づくな」
年長の男は答えた。
「欲を出すな。捕らえるのは、領外へ出てからだ」
もう一人の男が、窓の外を見た。
街道宿の先には、夜の山々が続いている。
さらに、その向こう。
谷と川を越えた場所に、アルムロイト辺境伯府がある。
距離は、まだある。
それでも、明日の夜には、人が集まる。
交易商人。
役人。
荷運び人。
船団の者。
辺境伯家の客人。
人が増えれば、顔を紛れ込ませることもできる。
「晩餐会の給仕は」
若い男が言った。
「近づくなと言った」
「確認だけならば」
「欲を出すな」
同じ言葉が、もう一度落ちる。
若い男は、口を閉じた。
年長の男は、紙片を蝋燭の火へ近づけた。
端へ火が付く。
文字が黒く縮み、灰へ変わる。
「白鷹門で、名乗ったそうだな」
「はい」
「十年も逃げた男が、自分から?」
「必要があったと」
「そうか」
紙片が、すべて燃える。
灰を、陶器の皿へ落とす。
「なら、今度も動く」
「何かあれば?」
「自分から、動く」
年長の男は、蝋燭を吹き消した。
部屋が暗くなる。
「それを待て」
窓の外では、風が街道を抜けていた。
アルムロイト辺境伯府では、明日の晩餐会へ向けた準備が始まっている。
葡萄酒。
料理。
客人。
報告。
帳面。
ドレス。
誰もが、それぞれの目的を持って集まる。
その中に、招かれていない視線も混ざり始めていた。
──Another Side 了




