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第六十六部 助ける仕組みには、入口を作る話 Another Side:南の街道で診療記録を確かめるヴェロニカ

 同じ頃。


 遠く南の街道では、灰十字医療団の荷車が、夜の宿駅へ入っていた。


 ヴェロニカは、救護所から持ち帰った診療記録を卓の上へ広げ、患者の数を一人ずつ確かめている。


 熱。


 栄養不足。


 古傷の悪化。


 腹痛。


 立ちくらみ。


 坑道での事故ではない。


 それでも、働けなくなる者は増えている。


「食事を減らしている患者が、昨日より多い」


 ヴェロニカが言った。


 向かい側では、エルゼが、薬の購入記録と、移送札を照合している。


「賃金が出ていないわけではありません」


「分かっている」


「ですが、受け取りを拒まれる銀貨が増えています。パンと薬の値段も、同じではありません」


「補給担当へは?」


「連絡しました。明日、粥へ回せる穀物と、乾燥肉が届きます」


「先に、食わせろ」


「はい」


 ヴェロニカは、短く答えたあと、入口近くへ視線を向けた。


 リューリックが、最後の荷箱を下ろしている。


 背には大剣。


 だが、両腕で抱えているのは、穀物袋だった。


「リューリック」


「はい」


「その袋を置いたら、休め」


「まだ、水桶が残っております」


「ほかの者へ頼め」


「運べます」


「運べるかどうかを聞いていない」


 リューリックは、少しだけ黙った。


「……承知いたしました」


「本当に?」


「承知いたしました」


「怪しいな」


 ヴェロニカは、信用していない顔をした。


 エルゼが、記録から顔を上げる。


「明日、薬を仕入れた商人へ話を聞きます」


「医療団として?」


 リューリックが尋ねる。


「そうです」


 エルゼは答えた。


「銀貨の由来を追うためではありません。次の薬を、必要な量だけ確保できるか確認するためです」


「承知しております」


「ただし」


 エルゼは、少しだけ声を強めた。


「商人が、どの銀貨を嫌がっているのか。いつから値段が変わったのか。どの道から届いた銀貨なのか。それくらいは、記録へ残します」


「ありがたく存じます」


「勝手に危険な場所へ行く理由へ使わないでください」


「承知しております」


 ヴェロニカが、深く息を吐いた。


「お前たちは、返事だけは立派だな」


 宿駅の外では、夜の道を荷車が通り過ぎている。


 車輪の軋み。


 馬の蹄。


 人の声。


 薬。


 穀物。


 銀貨。


 遠く離れた場所で起きている変化は、まだ、一つの形へつながってはいない。


 だが、同じ方向へ、少しずつ動いている。


 アルムロイトの山村では、冬の塩が減っていた。


 南の鉱山町では、労働者の食事が減っている。


 どちらも、今日すぐに国を滅ぼすものではない。


 だからこそ、見落としやすい。


 リューリックは、卓上へ置かれた銀貨を一枚だけ手に取った。


 指先で重さを確かめる。


 見た目では、分からない。


 軽さも。


 その銀貨が、誰かの食事を削っていることも。


「急ぎすぎるな」


 ヴェロニカが言った。


「はい」


「返事だけでなく、守れ」


 リューリックは、ほんの少しだけ頭を下げた。


「承知いたしました」


 今度の返答は、先ほどまでよりも少しだけ重かった。



 ──Another Side 了


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