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第六十六部 助ける仕組みには、入口を作る話 ⑤ 夕食の紙と、直せば良いという話

 夕食の席で、コンラートは、完成した紙へ目を通した。


 食卓には、川魚の香草焼き、山羊肉と根菜の煮込み、黒パン、乳酪、春野菜の酢漬けが並んでいる。


 薄い葡萄酒。


 レオンの前にだけ、水。


 今日も変わらない。


「使える場所を、減らしたか」


 コンラートが尋ねる。


「ああ」


 レオンは答えた。


「共同倉庫と診療所だけ。扱うものも、塩、薬、灯火用の油から始める」


「商人は」


「共同倉庫へ納めた分だけ、辺境伯府と精算する。村の者が、直接札を商人へ渡す形にはしない」


「枚数は」


「一度に替えられる上限を決める。大量に持ち込まれた場合は、由来を確かめるまで保留する」


「期限は」


「一月。ただし、村の共同倉庫で更新できる。札のためだけに、山道を下りなくてよいようにする」


「誰が決めた」


「全員で」


 レオンは、正直に答えた。


 自分一人で思いついたわけではない。


 コンラートの視線が、アーデルハイト、リヴィア、カミラへ順番に向く。


「悪くない」


 短い言葉だった。


「試せ」


「明日から?」


 アーデルハイトが尋ねる。


「準備ができた分からだ。広げるな」


「はい」


「山腹中継所だけだ。札を増やしすぎるな。正しいことを始めたつもりで、別の穴を作るな」


「承知しました」


 コンラートは、紙を食卓の端へ置いた。


「王子殿」


「何だ」


「今日、何を学んだ」


「休息日でも、仕事を渡される」


「ほかには」


 冗談として逃げることは、許されないらしい。


 レオンは、水の杯へ口を付けた。


「助ける範囲を決める必要がある」


「なぜだ」


「全部を助けようとすれば、軽い銀貨を持ち込む者まで助けることになる。村を守る仕組みが、辺境伯領へ軽い銀貨を集める仕組みへ変わる」


「それで?」


「入口を狭くする。誰を助けるか。何に使えるか。どこで使えるか。いつまで使えるか。それを決める」


「狭くすれば、正しいか」


「狭すぎれば、必要な者へ届かない」


 レオンは答えた。


「だから、小さく試す。使えなければ直す」


 コンラートは、ゆっくりと黒パンをちぎった。


「ようやく、少しは学び方を覚えたな」


「今度こそ、褒められた?」


「少しは」


 レオンは、ほんの少しだけ姿勢を正した。


「珍しい」


「調子へ乗るな」


「時間が短い」


 隣で、カミラが小さく息を吐く。


 口元には、わずかな笑みが残っていた。


「もう一つ、確認したい」


 レオンは言った。


「何だ」


「明日は、酒を飲めるか」


「医師へ聞け」


「聞く前から、答えが分かる」


「なら、聞くな」


「不公平だ」


「傷を治せ」


 コンラートの返答は、短かった。


 アーデルハイトは、目を伏せながら、笑いを隠している。


 リヴィアも、葡萄酒の杯へ口を付けたまま、肩をわずかに揺らした。


 カミラは、自分の杯へ口を付けたあと、レオンの水を見た。


「我慢しろ」


「見れば分かる」


「顔が、分かっていない」


「俺は、理解している。ただし、納得していないだけだ」


「面倒な男だな」


「そこまで含めて、理解してほしい」


 返答はなかった。


 ただし、カミラの口元には、笑みが残っていた。


 窓の外では、夜の谷を川が流れている。


 山腹の村へ置かれる小さな秤。


 切り離せる二枚組の札。


 共同倉庫へ残る冬の塩。


 どれも、大きなものではない。


 それでも、国を守る。


 剣を抜かずに。


 明日、最初の札が使われる。


 うまくいくとは限らない。


 使いにくい部分も、見落とした穴も、きっと残っている。


 それでよい。


 小さく試す。


 間違えれば、直す。


 人間も、仕組みも、おそらくは同じだった。



 ──第六十六部 了


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