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第六十五部 山の村では、冬の塩を先に数える話 Another Side:地図室で塩の記録を読むコンラート

 同じ夜。


 アルムロイト辺境伯府の地図室では、食事を終えたコンラートが、一人で帳面を開いていた。


 机の上には、山腹の村から届いた塩の記録。


 共同倉庫の在庫。


 市場で保留された銀貨。


 港から上がった袋。


 橋を越えた荷。


 シーロ便。


 王国側の河港。


 南へ向かう交易路。


 それぞれの数字は、小さい。


 どれか一つだけを見れば、国を揺らすほどではない。


 だが、同じ方向へ少しずつ動いている。


 銀貨が軽い。


 薬が高い。


 塩が減る。


 労働者が食べられない。


 帳面の端へ、コンラートは短い印を付けた。


 戸が叩かれる。


「父上」


 入ってきたのは、アーデルハイトだった。


 片手には、山腹中継所で試す札の見本を持っている。


「まだ、起きていたのですか」


「お前もだろう」


「私は、確認するものがありました」


「朝食を取れと言われたばかりではなかったか」


「夕食は取りました」


「休む話だ」


 アーデルハイトは、ほんの少しだけ黙った。


「リヴィアから、何か聞きましたか」


「聞かなくても分かる」


「父上まで、そちら側へ回るのですか」


「最初から、こちら側だ」


 昼間、レオンへ返した言葉と、ほとんど同じだった。


 アーデルハイトは、小さく息を吐いた。


 コンラートは、娘が持ってきた札の見本へ目を向ける。


「カミラ・パヴェルは、どうだった」


「よく見ています」


 アーデルハイトは、少しだけ考えてから答えた。


「倉庫も、道も、村も。記録を増やすだけでは、現場が守れないことを知っています」


「お前と似ているか」


「似ていません」


 返答は早かった。


「そうか」


「何ですか」


「いや」


 コンラートは、口元をほんの少しだけ緩めた。


「よい友人になるかもしれんな」


 アーデルハイトは、すぐには答えなかった。


 地図室の窓の外では、谷を流れる川が、夜の中でも途切れずに響いている。


「まだ、友人と呼べるほどではありません」


 やがて、静かに答えた。


「ですが」


 言葉を選ぶように、少しだけ間を置く。


「そうなれたら、よいと思います」


 コンラートは、何も言わなかった。


 娘が持ってきた札を手へ取り、印と刻み目を確かめる。


 地図室の机の端には、山側の村から届いた塩の帳面が残っている。


 国を守るために必要なものは、剣だけではない。


 そして、人を支えるために必要なものも、命令だけではない。


 新しく作られた札は、まだ粗い。


 使いにくい部分もある。


 明日には、また直す必要が出るだろう。


 それでよい。


 人の関係も、おそらくは同じだった。



 ──Another Side 了


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