第六十四部 山道では、通すものから決める話 Another Side:レヴォナ方面南部街道・鉱山町の灰十字医療団臨時救護所
同じ頃。
レヴォナ方面へ続く南部街道の鉱山町では、灰十字医療団の臨時救護所へ、夕方になっても患者が途切れずに運び込まれていた。
坑道で大きな事故が起きたわけではない。
熱を出した者。
足元をふらつかせる者。
腹を空かせたまま働き、立ち上がれなくなった者。
古い傷が悪化した者。
ヴェロニカは、診療台へ腰掛けた若い鉱山労働者の瞼を持ち上げ、顔色を確かめた。
「最後に、まともな食事を取ったのはいつだ」
若い男は、少しだけ目を逸らした。
「昨日の朝です」
「昨日の昼と夜は」
「パンを、少し」
「少しとは」
「半分です」
「以前からか」
「今月に入ってからです」
ヴェロニカの眉が、深く寄る。
「給金が出ていないのか」
「出ています」
答えたのは、診療台の脇へ立っていたエルゼだった。
手には、救護所へ運び込まれた患者の聞き取り記録と、薬の購入記録を持っている。
「ただし、同じ額面の銀貨でも、受け取らない店が増えています。受け取る場合も、以前より高い値段を求められる。パンだけではありません。薬もです」
「銀貨の重さは」
「揃っていません」
エルゼは、机の上へ布を広げた。
同じ意匠。
同じ額面。
見た目だけならば、大きく変わらない。
けれど、まとめて量れば差が出る。
新しく流れ始めた銀貨の一部は、以前のものより軽い。
「救護所の薬は足りるか」
ヴェロニカが尋ねる。
「今日と明日は。ただし、次の仕入れでは、以前と同じ枚数を出しても、同じ量を買えない可能性があります」
「患者へ食わせるものは」
「粥と乾燥肉は、まだあります。足りなくなる前に、医療団の補給担当へ連絡します」
「そうしろ。銀貨のことより、先に食事と薬だ」
「分かっています」
エルゼは、すぐに頷いた。
救護所の入口近くでは、リューリックが、運び込まれた荷箱を下ろしていた。
大剣は、背負ったままである。
だが、いま手にしているのは、武器ではない。
薬草。
包帯。
穀物。
水。
必要な場所へ運ぶための箱である。
最後の箱を木台へ置くと、リューリックは、机の上へ広げられた銀貨へ視線を向けた。
「医療団の記録へ、余分な負担を加えるべきではありません」
抑えた声で言う。
「診療と補給を優先してください。銀貨が、どこから入り始めたのかについては、私が別に確認いたします」
「勝手に消えるな」
ヴェロニカの返答は早かった。
「承知しております」
「商人へ話を聞く時も、一人で動くな」
「承知しております」
「怪我が痛むなら、隠すな」
「承知しております」
「返事だけは、立派だな」
ヴェロニカは、信用していない顔をした。
リューリックは、ほんのわずかに頭を下げる。
「ご懸念は、理解しております」
「理解しているなら、行動へ出せ」
「努めます」
「守れ」
短い沈黙が落ちる。
「……承知いたしました」
エルゼは、二人の会話を聞きながら、購入記録の端へ短い書き込みを行った。
「明日、薬を仕入れた商人へ、医療団として価格を確認します。銀貨の由来ではなく、薬を確保するためです」
「それでよい」
リューリックは答えた。
「記録の写しを、あとで見せていただけますか」
「診療を妨げない範囲で」
「承知しております」
救護所の奥では、先ほどの若い鉱山労働者が、温かい麦粥を受け取っている。
両手で椀を持ち、ゆっくりと口へ運ぶ。
銀貨。
給金。
パン。
薬。
荷箱。
移送札。
離れているように見えたものが、少しずつつながり始めていた。
ただし、ヴェロニカとエルゼが追っているのは、陰謀ではない。
目の前の患者へ、食事と薬を届けるための道である。
リューリックが追っているのは、その道へ穴を開けている者の痕跡だった。
目的は、完全には同じではない。
それでも、歩く道は、また重なり始めていた。
──Another Side 了




