第六十部 王子殿は、道中で何を見てきたのかという話 Another Side:サレーネ商会船団
アルムロイト沿岸・シーロ共和国サレーネ商会船団
夜。
アルムロイト沿岸へ近づくサレーネ商会の船は、風を受け、黒い海の上を静かに進んでいた。
遠くには、山々の輪郭が見える。
月明かりの下で、海からそのまま立ち上がったような暗い稜線が、北から南へ長く続いている。港へ近づくにつれ、岬の見張り台から灯りが返され、甲板では船員たちが入港の準備を始めていた。
リヴィア・サレーネは、外套の襟を片手で押さえながら、船縁に立っていた。
足元には、革袋が三つ置かれている。
一つは、港湾記録。
一つは、船主たちから集めた報告書。
もう一つは、銀貨。
同じ額面。
同じ刻印。
同じように使われてきたはずの貨幣。
ただし、わずかに軽い。
背後から、船員が声を掛けた。
「海の姫。先遣船から、入港許可が出たそうです」
「その呼び方は、港へ着く前に捨てて」
「もう、定着しています」
「誰が定着させたの」
「主に、港の皆さんです」
リヴィアは、小さく息を吐いた。
否定しても、あまり効果はないらしい。
「アーデルは、元気にしているかしら」
「先遣船の報告では、今日も市場へ出ていたそうです」
「元気というより、また働きすぎている気がする」
リヴィアは、遠くの港の灯りへ目を向けた。
姉妹のように付き合ってきた友人へ会える。
それ自体は、嬉しい。
だが、今回は、笑って近況だけを話すために来たわけではない。
革袋の中で、銀貨が小さく触れ合った。
乾いた音だった。
大陸の西側で始まった異変が、山と海に囲まれたアルムロイトへも届き始めている。
リヴィアは外套の襟を整え、船員たちへ声を掛けた。
「薬箱は先に降ろして。銀貨の袋は、私が持つ。港の記録官へ渡す前に、アーデルと辺境伯へ見せます」
「承知しました」
船が、港へ向けて進む。
山の向こうで、自分が知る面倒な男まで傷を休めていることを、リヴィアはまだ知らなかった。
──Another Side 了




