表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

308/372

第五十九部 市場では、値札より先に見るものがある話 Another Side:アルムロイト辺境伯府

アルムロイト辺境伯府


 夕方。


 アルムロイト辺境伯府の執務室では、窓の外へ落ちた山の影が、机の端まで伸びていた。


 コンラート・フォン・アルムロイトは、灰岩関から届いた報告書と、市場監督所から上がった銀貨の記録を、並べて読んでいる。


 向かい側には、アーデルハイトが立っていた。


「市場へ通した感想は」


 コンラートが訊く。


「想像していたより、よく見ています」


「何を」


「橋の待機所。市場中央の秤。シーロの荷箱。取引を全面停止しなかったこと。それから、菓子屋」


 コンラートは、最後の一つで手を止めた。


「菓子屋」


「最初に目へ入りました」


「ヴァルターから聞いていた通りか」


「どのように書かれていたのですか」


「扱いに困る男を送る、と」


「説明としては、かなり正確です」


 アーデルハイトは答えた。


「ただし、菓子だけを見ていたわけではありません。橋も、秤も、人が待てる場所も見ていた。市場を止めずに疑わしい銀貨だけを分けた理由も、途中で気づきました」


「監察官殿は」


「銀貨を見た瞬間に、顔が変わりました。あの方には、鉱山と労働の帳簿を見ていただきたいです」


「頼めると思うか」


「断らないと思います」


「なぜ」


「レオン殿が、似た方を選ぶ、と言いました」


 コンラートは、しばらく黙った。


「それは、どういう意味だ」


「同行者として、です」


「本人が、そう付け加えたのか」


「私が」


 コンラートは、机の上へ置かれた報告書から目を上げた。


 青灰色の目が、娘の顔を見る。


「余計な波を立てるな」


「父上が、人を試すことばかり考えるからです」


「試してはいない」


「市場へ通して、何を見るか報告させたうえで、試していないと?」


「観察だ」


「言い換えただけです」


 アーデルハイトは、銀貨を包んだ布へ視線を落とした。


「シーロの船荷から出た分も、やはり少し軽いです」


「数は」


「昨日までに三袋。港側の記録も照合させています」


「リヴィア殿の船は」


「数日内に入る予定です。予定が変わっていなければ、本人も来ます」


 コンラートは、指先で机を一度だけ叩いた。


「西側の港でも、同じものが出ているか」


「おそらく、何かを持ってくると思います。あの人が自分で来るなら、書状だけでは済まない話です」


「そうだな」


 執務室へ、短い沈黙が落ちる。


 軽い銀貨。


 シーロの荷箱。


 レヴォナ方面から回り始めた、不自然な噂。


 まだ、一つの線にはならない。


 だが、波は来ている。


 同じ方向から、何度も。


 コンラートは、机の端へ置かれたヴァルター軍監の私信へ視線を向けた。


 封は、すでに切られている。


 中には、短い文章しか書かれていなかった。


扱いに困る男を送る。

ただし、捨てるには惜しい。

お前なら、どちらの意味も理解するだろう。


 コンラートは、もう一度だけ報告書を見る。


「明日の夕食へ招け」


「レオン殿と、カミラ監察官を?」


「ああ」


「最初の問いは」


「変えない」


 コンラートは答えた。


「道中で、何を見たか。三つだけ話してもらう」


 アーデルハイトは、ほんの少しだけ笑った。


「三つで済むでしょうか」


「済まないなら、その方がよい」


 コンラートは、次の書類へ手を伸ばした。


 市場では、今日も秤が動いている。


 橋では、水位が量られている。


 海からは、シーロの船が近づいている。


 そして、山道の途中には、金貨千枚の値札を付けられた元王子と、イタリカから追われる監察官がいる。


 アルムロイトの秤へ載せるものが、また増えた。



──Another Side 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ