第五十八部 門が一つではない国の話 Another Side:アルムロイト辺境伯府
アルムロイト辺境伯府
同じ頃。
山と川が交わる谷の奥で、アルムロイト辺境伯は、帝国から先に届いた短い報告へ目を通していた。
机の上には、鉱山街道の修繕記録、港から届いた漁獲量、雪解けによる増水予測、カラドリン側の山道へ入った商隊の一覧が積まれている。
報告書の一番下には、灰岩関から追記された一文があった。
旧リュカリオン王家第1王子レオン・ヴァン・リュカリオン、同行のイタリカ監察官カミラ・パヴェルと共に入領。
河橋管理人の判断による通行停止を受け、灰岩関先の宿駅にて待機。
移送中、道、橋、荷重記録へ強い関心を示す。
辺境伯は、一度だけ目を細めた。
「王子殿は、橋を見ていたか」
向かいへ立つ秘書官が頷く。
「そのようです」
「剣ではなく?」
「橋です」
「悪くない」
辺境伯は、報告書を机へ置いた。
「急いで連れてくる必要はない。傷を診ろ。歩けるようになってからで構わん」
「ヴァルター軍監殿の私信は」
「受取役が戻り次第、読む」
「客人へ、何か追加の指示を?」
辺境伯は少しだけ考えた。
窓の外では、谷へ落ちる夕方の光が、川面へ細い線を引いている。
「明日は、橋ではなく、市場を通せ」
「市場ですか」
「王子殿が何を見るのか、見てみたい」
秘書官は、静かに頭を下げた。
辺境伯は、次の報告書へ手を伸ばす。
その手元には、まだ開かれていないヴァルター軍監の封書が届くのを待つ場所が、最初から空けられていた。
──Another Side 了




