第五十三部 白鷹門の湯と、護衛料を少しだけ前払いする話 ③ 近い距離と、護衛料の前払い
かなり近い。
正確には。
近すぎる。
カミラは、俺の上へ半分ほど覆いかぶさる形になっていた。
湯気。
濡れた短い黒髪。
赤くなった頬。
湯上がりの肌。
胸元へ触れる柔らかさ。
腰へ回した右腕。
太腿へ触れた湯。
非常に良い。
傭兵として、危険がないか確かめる責任がある。
どこを。
どの程度。
どれほど正確に。
「ロド」
カミラの声が震えていた。
「何だ」
「今、何を考えた」
「無事で良かった」
「それだけか」
「かなり重要なことだ」
「目を逸らせ」
「事故だ」
「逸らせ」
「安全確認が」
「どこまで確認する気だ!」
耳まで赤い。
非常に可愛い。
たぶん、言わない方が良い。
「以前も、一度」
言いかけた。
カミラの顔が、一瞬で変わった。
あの夜。
見られてはいけない姿まで、見られた夜。
思い出したらしい。
「言うな!」
桶の水が、俺の顔へ掛かった。
「冷たい!」
「黙れ!」
「温泉で冷水はおかしい!」
「誰のせいだ!」
正確だった。
ただし、カミラはすぐに身体を起こそうとした。
その時、俺の腹へ巻かれた油布の端へ、少しだけ赤い色が滲んだ。
カミラの表情が変わる。
怒りも、羞恥も、一度に引く。
「傷が開いた?」
「少し」
「馬鹿!」
「事故だ」
「分かっている!」
カミラは、身体へ巻いた薄い布を片手で押さえながら、もう片方の手で俺の肩を支えた。右手には火傷がある。左肩も痛めている。
それでも、自分の羞恥より先に俺の傷を見る。
「立てるか」
「たぶん」
「嘘だな」
「かなり難しい」
「私へ掴まれ」
「非常に良い命令だ」
「余計な意味を足すな!」
「努力する」
「守れ!」
「守る」
カミラは顔を真っ赤にしたまま、俺の腕を自分の肩へ回した。
近い。
濡れている。
柔らかい。
かなり。
ただし、今度は本当に余計なことをしない。
たぶん。
少しだけ。
成長した。
「顔が最低だ」
「何も言っていない」
「考えている」
「証拠は」
「実績だ!」
浴場の外から、衛生兵の声がした。
「何か倒れましたか!」
カミラの身体が止まる。
俺も。
少しだけ間が空く。
「問題ない!」
カミラが叫んだ。
「本当に?」
「問題ない!」
「傭兵は」
「生きている!」
正確だった。
俺は、少しだけ笑う。
「何がおかしい」
「かなり」
「黙れ」
耳まで赤い。
非常に良い。
◇
浴場の外へ出たあと、俺は再び衛生兵へ包帯を巻き直された。
「湯へ浸かるなと言った」
衛生兵は、極めて冷たい目で俺を見る。
「事故だ」
「なぜ、仕切りが倒れた」
「設備の老朽化」
「なぜ、監察官殿まで同じ浴室にいた」
「運命」
額へ木札が当たった。
「痛い」
カミラは湯上がりの薄い寝衣をまとい、濡れた短い黒髪を布で拭きながら、俺の横へ座っている。
顔は、まだ赤い。
かなり。
「次に余計なことを言ったら」
「言ったら?」
「浴場の外へ埋める」
「金貨千枚が無駄になる」
「グランデル帝国へ引き渡してから埋める」
「合理的だな」
「黙れ」
非常に厳しい。
だが、普段よりも少しだけ目を合わせない。
可愛い。
本当に。
衛生兵は、俺の包帯を強めに締めた。
「痛い」
「生きているな」
「ああ」
「なら、寝ろ」
最近、周囲の扱いが雑である。
──第五十三部 了




