表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

262/288

第四十九部 命令が二つになり、金貨千枚の首へ視線が集まる話 ③ カミラの方へ歩いて、三枚の紙



 俺は、ハインリッヒへ支えられながら、少しずつカミラの方へ歩いた。


「動くなと言われたはずだ」


 ハインリッヒが言う。


「聞こえなかった」


「聞こえていた顔だ」


「顔への偏見が強い」


「病院の頃から、実績がある」


 かなり厳しい。


 カミラは拘束された男を兵士へ預けると、こちらを見た。


 俺が歩いている。


 眉が寄る。


「なぜ来た」


「心配した」


「動くなと言った」


「聞こえなかった」


「嘘だな」


「かなり」


 カミラは、しばらく俺を見た。


 怒る。


 たぶん。


 腹の布を押す。


 かなり痛い。


 そう予想した。


 だが、右手は動かなかった。


 焦げた手袋。


 指先。


 少し震えている。


「手」


 俺が言う。


「問題ない」


「見せろ」


「問題ない」


「火縄を掴んだ」


「手袋がある」


「見せろ」


 少しだけ声が強くなる。


 カミラは、わずかに黙ったあと、右手を差し出した。


 焦げた手袋を外す。


 掌と指の付け根が赤く、皮膚は熱を持っていた。


 深くはない。


 たぶん。


 それでも、放置してよい傷ではない。


「冷やす」


 俺が言う。


「今は」


「冷やす」


「まだ広場が」


「衛生兵を呼ぶ」


「レオン」


 本当の名前。


 周囲へ聞こえない、小さな声だった。


「今は、私より先に見るものがある」


 俺は、カミラを見る。


 手。


 肩。


 煤の付いた頬。


 目。


 強い。


 それでも、痛い。


「分かった」


 答える。


「ただし、あとで必ず冷やす」


「ああ」


「約束」


 カミラは一瞬だけ驚いた顔をしたあと、少しだけ目を柔らかくした。


「分かった」


 低い声で答える。


「約束する」


 良い。


 かなり。


 ハインリッヒが、俺たちを順番に見た。


「病院へ戻す患者が、二人へ増えたな」


「俺は患者ではない」


 カミラが言う。


「火傷した手で言うな」


「浅い」


「動けると言い張る患者は、隣の寝台だけで十分だ」


 帝国軍人まで厳しい。


 本当に。



 ◇



 拘束された男の革袋から、紙が三枚見つかった。


 一枚目には、薄い青線の札を持つ者は演壇前へ残すと書かれている。


 二枚目には、濃い青線の札を持つ者は、西門通過後に武器庫近くへ移すとある。


 三枚目には、混乱が発生した場合、旧臣民の一部が放火し、帝国軍への襲撃を開始したと記録するよう指示されていた。


 カミラは紙を石畳の上へ並べる。


 ヘスラー大佐も来ている。


 ミハイル。


 ハインリッヒ。


 巡察隊の兵士。


 周囲へ集まった書記官。


 全員が見る。


「俺の命令ではない」


 ヘスラーは言った。


 声は低い。


 だが、先ほどより硬い。


「青い線を使った分類は、保安監督室でも行っている」


「似ている」


 カミラが答える。


「ああ」


「だから、寄生できる」


 ヘスラーの眉が動く。


「あなたの分類へ、少しだけ別の意味を足す。働ける男を先に移す。家族を分ける。門を閉じる。火を付ける。旧臣民が暴発したように見せる。帝国軍が鎮圧したようにも、帝国軍が虐殺したようにも書ける」


「俺は放火を命じていない」


「分かっている」


 カミラは言った。


「ただし、あなたの計画がなければ、ここまで簡単にはできなかった」


 周囲が静かになる。


 ヘスラーは、すぐには答えなかった。


 責められている。


 だが、責任から逃げる顔ではない。


「認めろと言うのか」


「まず、止めろと言っている」


「止めれば、群衆は散る」


「散らさずに止めろ」


「簡単に言う」


「簡単ではない」


 カミラは答えた。


「だから、誰か一人の命令へ全部をまとめるな。写しを配れ。移送先を書け。家族を分けるな。拒否した場合の扱いも書け。紙を残せ」


 ヘスラーは、しばらく並べられた紙を見ていた。


 円の中の目。


 青い線。


 自分の仕組み。


 似ている。


 だが、違う。


 そのわずかな違いが、人を燃やす。


 長い沈黙のあと、ヘスラーは副官へ顔を向けた。


「西門の閉鎖を、一時停止」


 周囲の兵士が動く。


「濃青札の移送も止めろ。家族単位へ照合し直す。拒否した者を拘束するな。配給は継続。薬も止めるな」


 副官が、少しだけ迷う。


「軍監殿の命令へ従うのですか」


「俺の判断だ」


 ヘスラーは答えた。


「現場指揮官として、計画を修正する」


 ハインリッヒは、ヘスラーをしばらく見た。


「記録へ残します」


「残せ」


「あなたの命令として?」


「ああ」


 ヘスラーは答えた。


「俺の命令も、失敗も、全部だ」


 ハインリッヒは、ほんの少しだけ息を吐いた。


 グランデル帝国軍は、一枚岩ではない。


 強硬派。


 融和派。


 現場。


 監査。


 秩序。


 人。


 全部が、同じ旗の下へいる。


 簡単ではない。


 本当に。



 ──第四十九部 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ