第四十八部 儀礼待合室と、名乗らないまま止める話 Another Side:ミハイル・ヴァルゼン
ミハイル・ヴァルゼンと、借りた名前を返す前の話
ミハイル・ヴァルゼンは、白い外套へもう一度腕を通した。
自分の服ではなく、自分の名前を示すものでもない。白鷹の刺繍が入った布は、最初に着た時から重かった。
だが、避難民区で麦袋を動かすには、その重さが必要だった。
父が死んだ冬、倉庫には麦があった。
母が薬を受け取れなかった年、診療所には薬箱があった。
ただし、必要な紙が足りず、印が違い、担当者がいないと言われ、順番を待たされた。待っている間に人は死んだ。
だから、王子の名前を借りた。
最初は麦袋を一つ動かすためだった。次は薬箱、その次は家族を探すための名簿。借りた名前を使えば、それまで誰も見なかった紙を役人が読み、閉じていた倉庫が開き、兵士が道を空け、人々は少しだけ生き延びた。
だから、返せなくなった。
ただし、火だけは違う。
白樺礼拝堂で火が上がったと聞いた時、最初に思ったのは、誰が命令したのかではなかった。
自分の声で呼んだ人間が、何人死んだのか。
それだけだった。
死者はいないと聞いた。
それでも、次も同じとは限らない。
儀礼待合室で会った負傷者は、王子らしく見えなかった。煤に汚れ、包帯を巻き、額にはこぶがあり、監察官へ支えられなければまっすぐ歩くことも難しい。
それでも、自分へ名前を訊いた。
人へ名前を書かせたなら、自分も名乗れと言った。
ミハイルは、白い外套の留め具を閉じた。
王子をやめるために、もう一度だけ演壇へ戻る。
借りた名前で集めた人間を、借りた名前のまま燃やさせないために。
扉の向こうでは、二つの命令がぶつかっている。
ミハイルは、白鷹旗の影へ向かって歩き出した。
──Another Side 了




