第四十八部 儀礼待合室と、名乗らないまま止める話 ④ 鐘が鳴って
儀礼待合室の外で、鐘が鳴った。
同時に、複数の兵士の声が重なる。
西門を閉じろという声と、移送を止めろという声が重なっていた。二つの命令には、どちらにもグランデル帝国軍の印がある。
ヘスラー大佐は、扉へ向かった。
「門の閉鎖は一時停止しない」
ハインリッヒが呼び止める。
「大佐」
「軍監の停止命令は確認する。移送も止める」
ヘスラーは振り返らずに答えた。
「ただし、西門の管理は現場指揮官として続ける。地下組織を逃がすわけにはいかない」
「閉じ込めた群衆を、誰かが利用します」
カミラが言う。
「だから、俺が前へ出る」
ヘスラーは扉を開けた。
「兵士へ剣を抜かせるな。群衆を走らせるな。記録を残せ。俺の命令も、軍監の命令も、勝手に燃やすな」
そこまで言い、中央広場へ向かった。
完全な敵ではないが、味方でもない。自分の秩序を信じ、今も門を閉じようとしている。簡単ではない。本当に。
「行く」
ミハイルが白い外套を拾った。
俺は、少しだけ息を吐く。
「もう一度、着る?」
「ああ」
「なぜ」
「俺が脱げば、今すぐ人が走る」
ミハイルは白い外套へ腕を通し、留め具を閉じた。
「王子をやめる前に、一度だけ、王子として人を止める」
俺は、すぐには答えなかった。
借りた名前を返すために、もう一度だけ使う。
たぶん、それも必要だった。
「ハインリッヒ」
カミラが言った。
「停止命令の写しを、もっと増やせるか」
「ああ」
「配給所、診療天幕、西門、演壇前、門外の天幕。人目に触れる場所へ貼る。剥がされたら、剥がした者の名前を残す」
「副官へ命じる」
ハインリッヒは扉の外にいた兵士へ声を掛けた。
俺も立ち上がろうとする。
腹へ痛みが走る。
カミラの右手が、すぐに背中へ回った。
「ゆっくり」
「ああ」
「倒れない速度で」
「かなり遅い」
「それでいい」
背中へ回された腕は近く、温かく、非常に良い。だが、今はその状況を堪能するより先に歩く。白鷹門の中央広場へ、名乗らないまま人を止めるために。
儀礼待合室の扉を開けると、煤、薬草、麦粥、馬、濡れた外套、石畳へ零れた油の匂いが、一度に胸の奥へ入ってきた。
──第四十八部 了




