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第四十七部 白鷹門の内側と、名乗れば負ける王子の話 Another Side:コンラート・ヘスラー



コンラート・ヘスラーと、一つでなければならない命令の話


 コンラート・ヘスラーは、白鷹門の演壇へ上がる前に、白樺礼拝堂で火災が起きたという報告を受けていた。


 報告書は短く、帰還予定者を集めた礼拝堂で出火。旧王家の旗、グランデル帝国軍の旗、演壇、鐘楼が焼損。死者なし。負傷者多数。巡察隊および一部の護送班が、旧籍照合と移送を一時停止。ヴァルター軍監の監査命令が、第三宿駅と第七補給場へ到達。カミラ・パヴェル監察官の存在を確認。ロド・カナリと名乗る傭兵が同行し、白鷹門へ向かっている。


 ヘスラーは、報告書を二度読んだ。


 紙の端には、細い青線が引かれている。


 部下が付けた分類線であり、最近はどの報告にも引かれていた。誰がどの旧村へ属し、何歳で、どの仕事ができ、どこへ移すべきかを一目で分けられる。


 効率は良い。北方は広く、散った旧五国出身者も多い。一人ずつ事情を聞いていては、冬が終わる前に何人も死ぬ。


 集め、分け、移す。働ける者へ仕事を与え、病人へ薬を渡し、子どもへ寝床を作る。正しく、必要な仕事だ。


 少なくとも、ヘスラーはそう信じている。


「礼拝堂へ火を付けろと命じたか」


 副官へ訊く。


「いいえ」


「黒松脂を配った記録は」


「演出用の火鉢、夜間照明、炊事場の補修と聞いています」


「誰から」


 副官は、少しだけ黙る。


「救恤調整室を経由した資材記録です」


「誰が承認した」


「確認します」


「今すぐだ」


 ヘスラーは報告書を机へ置いた。


 旧臣民を集める必要はある。管理する必要も、監視する必要もある。北方街道の向こうでは、旧五国連合域の不満が燻っている。


 帝国軍へ敵意を持つ者、旧王家の復活を望む者、王国側へ逃れようとする者、地下組織へ利用される者。何もしなければ、また火が付く。


 だからこそ、混乱させないために先に集め、一つの命令、一つの名簿、一つの移送計画へまとめる。


 白鷹旗も、偽の王子も、本来なら長く使うつもりはなかった。散った民を一度だけ門へ集めるための象徴であり、秩序を作るための道具。それだけだった。


 だが、礼拝堂では火が上がった。


 誰かが、ヘスラーの作った道へ別の火を足している。


「室長」


 副官が戻る。


「ヴァルター軍監の停止命令が、門の内側へ入っています」


「何枚だ」


「確認できたものだけで三枚。診療天幕、配給所、検問所です。兵舎にも入る可能性があります」


 ヘスラーは、少しだけ目を細めた。


 一つでなければならない。命令は一つ、指揮も一つ、民が従う道も一つ。複数の紙が別々の場所へ届けば、兵士が迷い、群衆も迷う。迷いは混乱となり、混乱は火を呼ぶ。


 だから、止めなければならない。


「写しを回収しろ」


 ヘスラーは言った。


「破棄は」


 副官が訊くと、ヘスラーはすぐには答えなかった。


 ヴァルター軍監の封蝋が押された、グランデル帝国軍の正式な命令。破棄すれば、監査では済まない。


「記録を残せ」


 低い声で答えた。


「誰が持ち込み、誰が受け取り、どこへ置いたか。全部だ。勝手に燃やすな」


「承知しました」


 副官が去り、ヘスラーは一人、机の前へ残った。


 机の上には帰還宣言の原稿、旧籍照合表、移送札、青い細線、白鷹旗の受領記録、グランデル帝国北方軍の印が並んでいる。


 その端に、見覚えのない小さな紙片があった。


 円の中に目がある。ヘスラーは紙片を手に取り、裏返した。


 短い文字が書かれている。


 帰還宣言後、旧境西側の門を閉鎖。働ける男を先に移送。混乱が起きた場合は、帝国軍強硬派の命令として処理。


 ヘスラーは、長い間、紙を見た。


 自分の計画と似ているが、同じではない。集め、分け、移すという手順の先へ、誰かが火を付けようとしている。


「誰だ」


 小さく言ったが、答える者はいない。


 白鷹門の外では、帰還を告げる鐘が鳴る。


 一つでなければならない命令の下で、誰かが別の命令を歩かせている。



──Another Side 了


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