第四十七部 白鷹門の内側と、名乗れば負ける王子の話 ③ 止まった足音と、毛布の中
旧税関詰所の外で、複数の足音が止まった。
「室内を確認する」
扉の向こうから帝国兵の声が聞こえる。
ハインリッヒの副官たちが停止命令を散らすため出ていった直後であり、この建物へ誰がいるか、門の守備兵へすべて説明しているとは限らない。むしろ説明しない方が安全だった。
カミラは即座に紙を革袋へ戻した。
俺も起き上がろうとしたが、低い声で止められる。
「動くな」
「だが」
「顔を見せるな」
カミラは旧税関詰所の奥へ視線を走らせた。
棚、机、椅子、狭い仮眠室、古い外套、使われていない記録箱。隠れられる場所は少ない。
扉が叩かれる。
「開けろ」
巡察隊の兵士が時間を稼ぐ。
「軍監付連絡士官殿の命令で使用している」
「保安監督室長の命令だ。室内を確認する」
カミラは俺を見た。
腹の傷、左腕の包帯。起き上がれない。走れない。隠せる箱もない。
少しだけ考えたあと、次の瞬間には荷台へ上がっていた。
「何を」
「黙れ」
古い毛布を一枚掴んで俺の上へ掛け、さらに自分も潜り込む。非常に狭い。左肩を傷めているため、カミラは片腕だけで体勢を整えなければならない。俺の腹へ体重を掛けないよう、膝を荷台の左右へ置き、右手で毛布の端を押さえる。
結果として、カミラが俺の上にいる。短い黒髪、頬、唇、首筋、外套の内側、胸元、膝。その全部が極めて近く、非常に良い。
毛布の外で、扉が開いた。
「確認する」
「荷車には負傷者がいる」
「顔を見せろ」
帝国兵の声とともに、足音が近づく。
カミラは右手で俺の口を塞ぎ、耳元へ唇を寄せた。
「声を出すな」
低い囁きと一緒に息が触れ、主に俺の理性にとって非常に危険な状況になる。俺は、正確には少しだけ頷いた。
カミラの目が細くなる。俺が何を考えているか、分かったらしい。
「余計なことを考えるな」
本当に無理である。
毛布の端が外側から少し持ち上げられ、細い光と帝国兵の手が見えた。
カミラはさらに体を低くし、頬を俺の顔の横へ寄せ、胸元が触れるほど近づいた。完全な事故である以上、目を閉じる理由はない。人間として、傭兵として、男として、可能な限り正確に状況を確認する責任がある。たぶん、安全管理である。
「熱がある」
カミラが、毛布の外へ向けて低い声で言った。
「煙を吸った。腹も切られている。顔を確認したいなら、医者を呼べ」
声色は、疲れた看病人、あるいは負傷者へ付き添う女のものへ少しだけ変わっている。
「お前は」
「妻だ」
俺は危うく声を出しかけた。
右手が、俺の口を強く塞ぐ。
カミラの目が、絶対に黙れと言っている。
帝国兵は少しだけ迷う。
「顔だけだ」
「起こせば血が出る。責任を取るのか」
カミラの声が鋭くなる。
兵士は毛布を少し持ち上げたまま止まった。
その時、外から別の声がした。
「何をしている」
ハインリッヒだった。
「連絡士官殿」
「負傷者へ何の用だ」
「室長の命令で、室内確認を」
「俺が許可した。問題があるなら、俺の名前を記録へ残せ」
「しかし」
「残せないのか」
少し間が空く。
「いえ」
毛布が戻り、足音が離れ、扉が閉まる。
外では、ハインリッヒと兵士が何か話していた。
それでも、カミラはすぐには動かず、俺の上へ覆いかぶさったまま、右手も口から離さない。唇、頬、胸元までの距離は極めて良い。俺が少しだけ眉を上げると、カミラは目を細くした。
「一言でも余計なことを言ったら、腹の傷を押す」
小さな声だった。俺は非常に残念に思いながら頷いた。
カミラは、ゆっくり体を起こそうとした。
ただし、左肩を傷めているうえ、外套の金具が俺の剣帯へ引っ掛かっている。
「待て」
「何だ」
「動くと」
金具が外れないため、カミラはいったん体勢を戻した。再び近い。むしろ、先ほどより近い。
黒髪が頬へ触れ、呼吸と首筋、胸元の柔らかさまで、極めて正確に分かる。
俺は、極めて真面目に状況を受け止めた。
「ロド」
「何だ」
「目を閉じろ」
「なぜ」
「閉じろ」
「安全確認が」
「閉じろ」
低い声だったが、耳も頬も少しだけ赤い。非常に良い。俺は少し考えた末、目を閉じなかった。
「事故だからな」
カミラの右手が、俺の腹へ巻かれた布を正確に押した。
「痛い」
「生きているな」
「ああ」
「なら、いい」
厳しいが、本当に悪くない。
その時、毛布の外からハインリッヒの声がした。
「終わったか」
カミラの動きが止まり、俺も止まった。少しだけ間が空く。
「何が」
カミラが答える。声だけは低く、ほとんど冷静だった。
「確認だ」
ハインリッヒは言った。
「室内の安全確認は、終わったのか」
カミラの耳が、さらに赤くなる。
「終わった」
「そうか」
ハインリッヒはそれ以上言わなかったが、声が少しだけ笑っていた。
主に俺以外が楽しんでいることへ、非常に腹が立つ。
◇
毛布の中から出たあと、カミラは何も言わなかった。
外套の金具を直し、革袋を抱え、旧税関詰所の机へ戻る。耳は、まだ少し赤い。
俺は荷台の上へ寝かされたまま、極めて慎重に口を開いた。
「妻」
カミラの右手が動いた。
「待て。傷がある」
「分かっている」
「負傷者へ配慮を」
「している」
「どこが」
「まだ押していない」
非常に厳しい。
「便宜上?」
俺が訊くと、カミラはしばらく答えなかった。
机の上へ置いた紙を見ている。青い細線、忠誠登録、家族名、移送札。
ただし、たぶん読んではいない。
「ほかに、すぐ通じる言葉がなかった」
やがて答える。
「同行者でもよかった」
「怪しまれる」
「護衛対象」
「余計に怪しまれる」
「情婦」
カミラの顔が上がった。
「殺すぞ」
「妻で良い」
「黙れ」
「かなり良い」
「黙れ」
声は低いが、怒鳴りも殴りもしない。たぶん傷があるからであり、それだけだと思いたい。
ハインリッヒは詰所の入口へ立ちながら、俺たちを見ていた。
「病院の頃より、少しは変わったな」
言う。
「何が」
「以前のお前なら、痛いと言う前に起き上がり、傷を開き、医者に怒られていた。今は、監察官に止められた理由を一度だけ考えている」
「かなり成長した」
「一度だけだ」
「評価が厳しい」
「実績だ」
どこかで聞いた言葉だった。
カミラの口元が、ほんの少しだけ動いた。
ハインリッヒは机の上へ、白鷹門の配置図を置いた。
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──第四十七部 了




