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第四十六部 旧境白鷹門と、王子へ戻らない男の話 ③ 旧境白鷹門が見える

 昼を少し過ぎた頃、旧境白鷹門が見えた。


 最初に目へ入ったのは、帝国が北方街道を管理するために補修した高い石壁だった。両側へ延びる低い防壁、兵舎、馬小屋、荷車置き場、検問所、鐘塔。その上には、グランデル帝国の鷲旗が立っている。


 ただし、その下には、もっと古いものが残っていた。


 白鷹門。


 十年前の敗戦以前、旧リュカリオンと帝国領を分けるために使われていた門である。正確には、旧五国連合域へ入る手前にある旧関門で、父の時代には外交使節、商人、兵士、旅人が通り、戦争が始まる前には帝国から来た使者を迎える儀礼も行われた。


 今は帝国の旗が立つ。


 それでも、石壁へ彫られた白い鷹の翼は、完全には削り取られていなかった。翼の先、雪を思わせる細い線、爪、昔の紋章。消そうとした跡の下に、残った形がある。


 俺は、しばらく門を見た。


 まだレイラが幼かった頃、冬の白鷹門へ馬車で来たことがある。厚い手袋をはめた妹は寒いと言いながら俺の外套の端を掴んで離さず、その姿を見た父は少しだけ笑った。


 名前は、門より先へ通る。


 父は、そう言った。


 王子の名前があれば扉は開き、旗は上がり、人は頭を下げる。


 だが今、俺の名前は俺より先へ進み、人を集め、火を付け、国を作ろうとしている。


「レオン」


 カミラが呼んだ。


 俺は少し遅れて息を吐く。


「大丈夫だ」


「本当に?」


「大丈夫ではない」


 答える。


「ただし、進める」


 カミラは、ほんの少しだけ頷いた。


「それでいい」



 ◇



 白鷹門の前には、礼拝堂とは比べものにならない数の人が集まっていた。


 街道沿いへ張られた天幕、配給用の鍋、薬箱、毛布、荷車。老人、子ども、家族札を持つ女、昔の村名を書いた紙を握る男。その上では、旧リュカリオンの白鷹旗と、グランデル帝国北方軍の鷲旗が同じ風を受けて揺れている。


 さらに、その間には、北方軍保安監督室、救恤調整室、地方役所、古い王家旗を示す紋章も混ざっていた。


 全部を並べれば、遠くからは帝国と旧王家が本当に同じ場所へ立っているように見える。


「何人いる」


 俺が訊く。


 巡察隊の兵士が答えた。


「少なくとも五百。門の向こうにも天幕があります」


「向こうは」


「旧境の外側です。まだ旧リュカリオンの中心域ではありませんが、旧五国連合側へ入る道です」


 五百。


 白樺礼拝堂は、試験だった。


 本番は、ここにある。


「剣では止められない」


 カミラが言った。


「ああ」


「ここで斬れば、向こうの物語になる。亡国の王子を名乗る武装集団が帝国軍へ襲い掛かり、旧臣民を煽って暴動を起こしたと書かれる」


「俺が名乗っても?」


「すぐには信じられない。むしろ、偽物が二人になったと言われる」


 正確だった。


 礼拝堂では、火を止めるために剣が必要だった。ここでは剣を抜けば負ける。同じ相手が同じ名前と旗を使っていても、戦い方は違う。


「紙」


 俺が言う。


「ああ」


 カミラは革袋を抱え直した。


「まず、ヴァルター軍監の停止命令を門へ入れる。写しを複数へ分ける。配給所、診療天幕、検問所、街道。誰か一人へ渡さない」


「俺は」


「寝ていろ」


「非常に難しい」


「荷車から降りるな」


「王子へ命令する?」


「今は、腹を切られた荷物だ」


「扱いが悪化している」


「実績だ」


 正確だった。



 ──第四十六部 了


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