第四十五部 白樺礼拝堂と、帰る場所を自分で決める話 Another Side:青いインク臨時号
青いインク臨時号――帰る場所を、紙へ預けるな
白樺礼拝堂で火が上がったという報せが、青い活字社の印刷所へ届いたのは、数日後の朝だった。
同じ報せではない。
三つの報せが別々の道を通り、別々の書き手によって、少しずつ違う言葉で同じ異常を伝えてきた。
旧リュカリオン王家の白鷹旗が使われ、グランデル帝国北方軍の鷲旗も立っていた。旧臣民へ帰還と忠誠登録を求める紙が配られ、麦と薬が渡され、家族名が集められた。そのあと、礼拝堂の周囲へ火が走った。
ヴィクトル・グレイは、机へ並べた三通の手紙を順番に読み直した。
一通目は第三宿駅から。
二通目は灰鐘関所に近い薬商人から。
三通目は礼拝堂へ集められた老人の孫から。
文字も、紙も、書き方も、時刻も、見た場所も違う。
だから、信じられる。
「社主」
若い植字工が言った。
「刷りますか」
「ああ」
「王子の名も?」
ヴィクトルは、すぐには答えなかった。
レオン・ヴァン・リュカリオン。
亡国の王子。
生きているという噂。
帰還令。
白鷹旗。
火。
それでも、記事へ名前を大きく書けば、また人が集まる。
「書かない」
ヴィクトルは言った。
「少なくとも、見出しには使わない」
「ですが、旧王家の名を使った帰還令が出ているなら」
「だから書かない」
低い声だった。
「知らせるための紙が、人を集めるための旗になれば、同じ穴へ落ちる」
ヴィクトルは新しい紙を机へ置いた。
青いインク。知らせるための青であり、分けるための青い細線ではない。
植字工へ言う。
「見出しは、これだ」
帰る場所を、紙へ預けるな。
麦と薬は受け取れ。
寝床も使え。
ただし、行き先を書かない荷車へ乗るな。
家族札は一か所へまとめるな。
写しを作れ。
誰が、どの紙で、誰を、どこへ動かそうとしたか残せ。
王家の名であっても、帝国の名であっても、疑ってよい。
ヴィクトルは最後に一行だけ付け足した。
帰る場所は、自分で決めろ。
印刷機が動き始め、青いインクが紙へ載り、一枚、二枚、三枚と増えていく。西へ、南へ、東へ、別々の道へ、燃やされない数まで。
──Another Side 了




