第四十三部 俺より先に帰還した王子と、俺の知らない演説の話 Another Side:ヴァルター軍監
ヴァルター軍監と、接収された白鷹印の話
旧北路第七補給場から最初の報告が北方軍連絡所へ届いたのは、その翌日の朝だった。
伝令は一人ではない。
第三宿駅から。
灰鐘関所から。
巡察隊から。
別々の道を通り。
少しずつ違う時刻に。
同じ異常を伝えてきた。
救恤所で、旧五国出身者の家族名と移転先が集められている。
紙の端へ、青い細線が引かれている。
灰鐘関所では、記録が燃やされかけた。
第三宿駅では、旧籍照合済みの者を存在しない集積所へ移送しようとしていた。
第七補給場では、旧リュカリオン王家の名を使った帰還令と演説文が見つかった。
そして。
偽造された白鷹印。
ヴァルター軍監は、報告書を机へ置いたあと、長い時間、何も言わなかった。
窓の外には、北方軍の訓練場が見える。
兵士が歩く。
馬が動く。
荷車が出る。
帝国の鷲が縫い取られた旗が、朝の風で揺れている。
「接収記録を出せ」
ヴァルターが言った。
若い書記官が顔を上げる。
「何の記録でしょうか」
「旧リュカリオン王宮から接収した印章、封蝋、旗、書簡、帳面。戦後、帝国が保管庫へ入れた物を全部だ」
書記官は、少しだけ息を呑んだ。
「十年前の記録です」
「だから見る」
しばらくして、厚い帳面が運ばれてきた。
旧リュカリオン王家。
白鷹印。
儀礼印。
行政印。
私信印。
王宮印章庫。
接収。
封印。
北方軍保安監督室へ移管。
ヴァルターは、一枚ずつめくった。
署名。
担当者。
移管日。
保管番号。
鍵。
閲覧。
持ち出し。
返却。
途中で、指が止まる。
「ここだ」
書記官が、横から覗き込む。
白鷹印の原版そのものは、まだ保管庫にある。
ただし。
三年前。
旧王家文書の整理を理由として。
複製用の石膏型が一度だけ持ち出されている。
返却済み。
形式上は。
「担当部署」
ヴァルターが訊く。
「北方軍保安監督室です」
同じ名前だった。
灰鐘関所。
第三宿駅。
第七補給場。
存在しない集積所。
焼却命令。
移送命令。
救恤調整。
白鷹印。
すべての近くに。
北方軍保安監督室がある。
「室長を呼べ」
ヴァルターは言った。
「すぐに」
「軍監」
「何だ」
「室長は、昨日から不在です」
若い書記官の声が硬くなる。
「視察と聞いています」
「どこへ」
「西側です」
ヴァルターは、少しだけ目を細めた。
「誰と」
「直属護送班です」
紙の上では。
正規の命令。
正規の視察。
正規の護送班。
それでも。
何かが。
帝国の中を。
帝国より速く歩いている。
「現皇帝陛下の名で、人を集める命令は出ていない」
ヴァルターは言った。
「旧王家の名で、人を集めることも許可されていない。帝国は、亡国の民を餌として燃やすために北方を治めているわけではない」
声は低い。
だが。
迷いはない。
「保安監督室を監査する。封印庫、伝令記録、命令書、護送班名簿、救恤調整室との連絡を全部押さえろ。ただし、同じ部署へまとめるな。写しを作り、別々の保管所へ送れ」
「室長が西へ向かっているなら」
「先回りさせる」
「誰を」
ヴァルターは、机の上へ置かれた報告書を見た。
第三宿駅。
フォーゲル大尉。
第七補給場。
ベルント中尉。
ロド・カナリ。
そして。
確認されていない名前。
レオン・ヴァン・リュカリオン。
「帝国の名を、帝国の中で勝手に使わせるな」
ヴァルターは言った。
「旧王家の名もだ」
窓の外で、伝令用の馬が用意される。
別々の道。
別々の時刻。
別々の紙。
西へ。
西北西へ。
まだ見えない誰かを追って。
帝国も。
ようやく。
動き始めた。
──Another Side 了




