第四十一部 鷲の制服と、俺の名前で集められた人々の話 Another Side:ヴァルター軍監
ヴァルター軍監と、存在しない集積所の話
グランデル帝国北方軍の連絡所へ、第三宿駅からの伝令が到着したのは、夜が深くなってからだった。
ヴァルター軍監は、執務机へ広げられた報告書を一枚ずつ読み、最後に、古い街道図を出すよう書記官へ命じた。
地図は、現在使われている軍用図ではない。
二十年以上前。
旧五国連合との戦争が終わって間もない頃。
補給線が整理される前のものだった。
「第七集積所という施設は、存在しません」
若い書記官が言った。
「現在の一覧には」
ヴァルターは答えた。
「旧一覧を見ろ」
紙をめくる。
古い補給場。
閉鎖。
保管地へ変更。
管理部署。
北方軍保安監督室。
「旧北路第七補給場」
書記官の声が少しだけ硬くなる。
「二十年前に閉鎖されています」
「名簿上は」
「はい」
「実際には」
「分かりません」
ヴァルターは、報告書へ目を戻した。
灰鐘関所の放火。
燃え残った紙。
青い細線。
第三宿駅の救恤所。
旧五国出身者の名簿。
移送札。
存在しない集積所。
そして。
フォーゲル大尉の報告。
子どもへ弩を向けた照合班の書記官一名を、傭兵ロド・カナリが斬殺。
イタリカ監察官カミラ・パヴェルと思われる人物については、混乱の中で確認できず。
「フォーゲルは、嘘が下手だな」
ヴァルターが言うと、若い書記官は返事をしなかった。
正確には。
嘘ではない。
全部を書いていないだけである。
「救恤所の移送を止める命令を出せ」
ヴァルターは言った。
「旧北路沿いの宿駅、関所、補給所へ別々の伝令を送れ。旧五国出身者という理由だけで、人を一か所へ集めるな。救恤は続けろ。薬も、食料も、寝床も止めるな。だが、移送と旧籍照合は止めろ」
「保安監督室へ確認しますか」
「確認はする」
ヴァルターは、机の上へ置かれた二枚の命令書を見た。
一枚は、書類を保全しろと命じている。
一枚は、疑わしい紙を現地で燃やせと命じている。
どちらにも。
帝国の鷲。
封蝋。
署名。
正しい形式。
「ただし、返事を待ってから動くな」
ヴァルターの声は低かった。
「返事を待つ間に、人は運ばれる」
「軍監」
「帝国の名で人を集め、帝国の名でどこかへ消す者がいるなら、先に止める」
窓の外では、伝令用の馬が用意されている。
鞍。
袋。
封書。
別々の道。
別々の時刻。
一枚の紙を、一か所へまとめない。
「誰が、北方軍保安監督室を使っている」
若い書記官が言った。
ヴァルターは、すぐには答えなかった。
「保安監督室そのものかもしれない」
「内部の一部?」
「外から借りた手かもしれない」
「カラン側の」
「まだ断定するな」
ヴァルターは、報告書を閉じた。
「早く答えを作った人間から、相手の望む方向へ走る」
夜の街道へ、伝令が出る。
灰鐘関所へ。
第三宿駅へ。
第四宿駅へ。
さらに西へ。
それでも。
命令が届くまでには時間が掛かる。
その間にも。
誰かの名前で。
誰かが集められている。
「旧北路第七補給場へ、最短で動ける部隊は」
ヴァルターが訊く。
「北方第三巡察隊です。ただし、夜間移動なら到着は明日の昼になります」
「出せ」
「命令系統は」
「俺が持つ」
ヴァルターは、帝国の鷲が押された封蝋を手に取った。
「帝国の名前を、帝国の中で勝手に使わせるな」
──Another Side 了




