第三十九部 燃やしたかった記録と、本人より先に人を集める名前の話 ④ 夕方、本人より先に人を集める名前
夕方。
灰鐘関所の中にある小さな休憩室へ案内された。
旅人用ではなく、夜勤の書記官や兵士が仮眠を取るための部屋らしい。寝台は二つあり、壁際には小さな机、洗面器、水差し、古い椅子が置かれている。
窓の外では、伝令兵が別々の馬へ乗り、時間をずらして関所を出ていった。
一人は北方軍の連絡所へ。
一人は東側の宿駅へ。
一人は、西へ向かう別の詰所へ。
同じ紙を、別の道へ流す。
燃やす側が、追いつけない数まで。
カミラは、机の上へ置いた写しを見ながら、まだ何かを考えていた。
俺は寝台へ腰を下ろす。
肩が重い。
膝も少し痛い。
喉には煙の感触が残っている。
だが、寝台はある。
二つ。
非常に残念である。
「何だ」
カミラが訊いた。
「何も」
「顔が最低だ」
「寝台が二つある」
「良かったな」
「本当に?」
「何が言いたい」
「旅には、予想外が必要だ」
「今日は十分あっただろ」
正確だった。
俺は外套を脱ぎ、寝台へ横になった。
天井には、長い年月で煤けた木の梁が見える。
灰鐘関所。
帝国の鷲。
矛盾する二枚の命令。
人を助けるために規則を曲げ、そこから犯罪へ引き込まれた書記官。
俺より先に歩く名前。
第三宿駅。
臨時救恤。
旧五国出身者。
少しずつ。
線がつながり始めている。
それでも、まだ全体は見えない。
見えないから。
急いで答えを作らない。
隣の寝台へ座ったカミラが、外套の紐へ右手を掛けた。
左肩は、まだ動かしにくい。
結び目が外れない。
一度。
二度。
失敗する。
俺は寝台から少しだけ起き上がった。
「手伝う?」
「自分でできる」
「昨日も聞いた」
「できる」
しばらく待つ。
結び目は外れない。
カミラは、無言で紐をこちらへ差し出した。
「便宜上だ」
「何が」
「手伝わせる」
「非常に光栄だ」
「余計なところを見るな」
「信用がないな」
「実績がある」
俺は、カミラの前へ立った。
黒い髪。
少し疲れた目。
白い首筋。
外套の隙間。
近い。
かなり。
だが、今日は煙を吸った。
肩も痛い。
真面目に休む必要がある。
主に。
「手が止まった」
「結び目が固い」
「視線は」
「安全確認だ」
「何の安全だ」
難しい質問だった。
答えを探す前に、カミラの右肘が俺の脇腹へ入った。
「痛い」
「早くしろ」
第三宿駅へ向かう前に。
俺の脇腹には。
新しい痛みが増えた。
それでも。
たぶん。
悪くない。
──第三十九部 了




