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第三十九部 燃やしたかった記録と、本人より先に人を集める名前の話 ② ユストの尋問



 ユストから話を聞くことになったのは、保安照合室から少し離れた執務室だった。


 煙が入らないよう窓は開けられ、机の上には水差しと濡らした布が置かれている。ユストは椅子へ座り、両手を前で縛られたまま俯いていた。


 向かい側にはヘルマン副書記官。


 その隣にはカミラ。


 俺は少し離れた壁際へ腰を下ろした。


 本来なら、逃亡中のカミラが帝国の関所で尋問へ加わること自体がおかしい。


 それでも、ヘルマン副書記官は止めなかった。


 おそらく、気づいている。


 ミラ・パウルという鉱山の記録係が、ただの記録係ではないことへ。


「最初から話せ」


 カミラが言った。


 声は低い。


 だが、急かさない。


「誰に脅されたかだけでは足りない。いつから、何をして、どこで止められなくなったのか。順番に話せ」


 ユストは、すぐには顔を上げなかった。


 窓から入る冷たい風で、机の端に置かれた紙がわずかに揺れる。


「三年前です」


 しばらくしてから、ユストが言った。


「東側の村が焼けて、避難してきた人が増えました。家も、荷物も、通行札も失った人たちです。親戚を頼って西へ行きたいと言う者もいた。熱を出した子どもを診療所へ連れていきたいと言う母親もいた」


「規則では、通せなかった」


 カミラが言う。


「はい。仮札を作るには、元の村の証明か、受け入れ先の照会が必要でした。ですが、村そのものが焼けている。照会を待てば、何日掛かるかも分からない」


「それで、見逃した」


「最初は、数人だけです」


 ユストは、ようやく顔を上げた。


 目は赤い。


 煙のせいだけではない。


「夫を亡くした女と、子どもが二人。足を怪我した老人。熱のある少年。名前も、行き先も聞いた。嘘を言っているようには見えなかった。だから、仮札を作って通しました」


「規則違反だな」


「はい」


「だが、それだけなら、今の火にはつながらない」


 カミラの声は変わらない。


 許さない。


 責め立てない。


 先へ進ませる。


「しばらくして、男が来ました」


 ユストは言った。


「避難民を通したことを知っていました。責めるのではなく、助けたいなら、もっと安全な方法があると言った。焼けた村の名簿を照合し、仮札の形式を揃え、受け入れ先まで書けば、途中で止められにくいと」


「誰だ」


「名前は知りません。書記官のような話し方をする男でした。帝国の書式にも詳しかった。最初に持ってきた札は、本当に避難民のためのものでした」


「青い細線は」


「二度目からです」


 ユストは、縛られた手を少しだけ動かした。


「照合済みの印だと言われました。その線がある札は、同じ事情で通した人間だと分かる。別の関所でも、何度も止めなくて済むと」


「線を引いたのは」


「私です」


 部屋の中へ、短い沈黙が落ちた。


 カミラは目を逸らさない。


「途中で、おかしいと気づいたはずだ」


「気づきました」


 ユストの声が小さくなった。


「最初は家族でした。次は荷運び人。その次からは、顔を見せない男が増えた。死んだはずの名前もあった。荷物だけを通す記録もあった。小さな箱。油布。薬箱。空の紙箱」


 テオの名前で動いた荷物と重なる。


 海路と陸路。


 港と関所。


 離れた場所で。


 同じ物が動いている。


「なぜ止めなかった」


 ヘルマン副書記官が訊いた。


 怒りを抑えている声だった。


「止めようとしました」


 ユストは俯いた。


「その時、最初に通した人たちの名前を見せられました。私が書いた仮札も、受け入れ先も、今暮らしている場所も残っていた。全部、私の署名付きで」


「脅された?」


「私が協力しなければ、避難民ではなく偽造札を使った犯罪者として告発すると言われました。私だけではなく、通した人たちも。子どもも、老人も」


 規則を曲げた。


 人を助けるために。


 そこへ、手を差し込まれた。


 最初の善意を証拠にされ、次の犯罪へ引っ張られた。


 ただし。


 善意だったから。


 仕方がなかったから。


 それで全部が許されるわけではない。


「金は受け取ったか」


 カミラが訊いた。


 ユストは、すぐには答えなかった。


「受け取ったな」


「最初は断りました」


「途中からは」


「受け取りました」


「なぜ」


「言うとおりにした方が、怪しまれないと言われた。無償で続ければ、誰かが不審に思う。手数料として受け取れと」


「その金を使った?」


「はい」


 ユストは唇を噛んだ。


「生活費にしました」


 カミラは少しだけ黙った。


「あなたは、被害者だけではない」


「分かっています」


「避難民を助けたことと、その後に死者の名前や荷物を通したことは分けて考えろ。最初の善意で、あとの判断まで正当化するな」


「はい」


「だが、全部を一人で始めたわけでもない」


 ユストは顔を上げた。


 カミラの表情は厳しい。


 それでも、切り捨てる顔ではなかった。


「だから、順番に残せ。男の特徴。会った場所。渡された札。線を引いた記録。通した荷物。見た名前。覚えていないことは、覚えていないと書け。早く役に立とうとして、答えを作るな」


「はい」


 ユストの目から、涙が一筋だけ落ちた。


 泣けば軽くなる話ではない。


 それでも、ようやく止まれたのかもしれない。



 ──第三十九部 了


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